菖蒲と天竺牡丹

 ※物語中盤にやや性的な描写を含みます。軽度なものではありますが、苦手な方はご注意ください。

 

 

 頬を撫でて行き過ぎる微風に、エヴラールは瞳を細めた。
(……全く。面倒なことになってしまった)
 仲夏ちゅうかのある夜。
 大臣たちの勧めにより、帝都辺境に位置する夏の離宮まで七皇妃たち全員を引き連れての夕涼みに出かけることになったのだ。
 
 エヴラールは桟橋の手すりにもたれて、湖の澄んだ水面を一瞥する。
 広大な湖の周囲にはセレーネ草と呼ばれる純白の野草が生い茂り、その合間を無数の蛍がまるで刹那の灯火のように朧に飛び交う。
 湖は夕焼けの色を受けてうっすらと茜色に染まっており、そこに時折金剛石を砕いたような星々のきらめきが映り込んできらきらと瞬く。
 その幻想的な眺めに、側仕えの女性たちはみなうっとりと見入っていた。
 中にはセレーネ草をブーケや花かんむりにして楽しんでいる者もいる。水晶のように透き通った花弁が特徴的なセレーネ草は、この湖の周辺でしか採取できない幻の野草だ。そんな希少な植物に触れられて嬉しいのだろう、彼女たちのおもてはとても嬉しそうにほころんでいた。
 
 生ぬるい夕風が、エヴラールの皇帝装束の裾をいたずらにさらっては吹き抜けていく。
 そこで彼はつと自身に仕える七人の女たちに目をやった。
 アイリス、ダリア、ヒュアキントス、クリザンテーム、ガルデニア、ジャンシアヌ、ロテュス。
 七皇妃たちは思い思いの装いで湖のほとりに集っていた。七人に共通しているのは、皆が皆贅を尽くしたきらびやかな装束を身に纏っていることだ。
 アイリスは青紫、ダリアは深紅、ヒュアキントスは涼やかな水色……といった風に、七皇妃たちはそれぞれ自らの花の名前にちなんだ色合いのドレスを着ている。
 ダリアの纏う深紅やジャンシアヌの着こなすくっきりとした青はもちろんのこと、ガルデニアの純白やロテュスの淡いベビーピンクも初々しく愛らしい。クリザンテームの大胆な山吹色は夏の群青の夜空によく映えているし、ヒュアキントスの爽やかな水色は眺めているだけで涼しくなってくる。
 
 エヴラールは順繰りに彼女たちをエスコートしながら、ちらりと正妃アイリスに目を向けた。
 彼女は七皇妃たちの中でも最も質素なドレスに身を包んでいた。
 青磁色の生地を用いたそれは他の妃たちに比べれば幾分地味で、全体に入れられた細やかな金糸の刺繍や耳朶を飾る大粒のサファイアのイヤリングがなければ、うっかり側仕えの女官と間違えてしまうかもしれない。
 だが、その頭頂部で輝く黄金でできた小ぶりなティアラは紛れもなく彼の――スフェーン皇帝エヴラール・ルドヴィーク・フォン・スフェーンの正妃であるという証だった。
「アイリス――」
 さりげなく彼女の傍らに寄り添おうとしたエヴラールだったが、それは野心を剥き出しにした他の七皇妃たちによって巧妙に阻まれる。
 そのおかげで、湖を一周し終える頃には彼はすっかり疲弊していた。
 
「さて……この辺りで少しやすみましょう。少々足がくたびれました」
 すると、エヴラールの腕や胸の辺りにべたべたと触れながら女たちは意味深な笑みを浮かべた。
「まあ、それならわたくしはぜひ陛下とご一緒したいわ。いつもなかなかお相手をしていただけないから」
「あら、私もですわ。どこかの誰かさんのおかげで、私のところにはめったに番が回ってこないのですもの」
 つまらぬ諍いと衝突を避けるべく、エヴラールは速やかに先手を打つ。
「いえ。私はしばらくあちらの四阿パビリオンで休憩してきます。久しぶりに馬を駆って疲れたもので。不甲斐ない夫で申し訳ございません」
 口調こそ丁寧だが、エヴラールの言葉にはあからさまな拒絶が滲む。いささか回りくどい言い方だが、これは要するに「一人にしてくれ」という意味である。
 皇帝の機嫌を損ねるのが恐ろしいのか、七皇妃たちはそこでにわかにおとなしくなった。
「アイリス」
 伴侶からの呼びかけに、ぼんやりしていたアイリスは急いで顔を上げた。
「は、はい。なんでしょうか、陛下」
「後で四阿にいらしてください。たまには夫婦水入らずでゆっくりしましょう」
「えっ……」
 アイリスは一瞬きょとんとしたものの、すぐさま「はい」と頭を垂れる。
 その毅然とした態度に、皇妃たちの間からはまたしても非難の声が上がったが、エヴラールは密やかな微笑を残すとその場を後にした。
 
 
 四阿に向かって歩を進めるエヴラールに、大臣の一人がわざとらしく揉み手をしながら接近する。
「どうです、楽しんでいらっしゃいますか、陛下?」
「ええ……とても。わが妃たちはみな美しいと思っていたところです」
「そうでしょうそうでしょう。女人とはまことよいものですよ。あの麗しい七つの花は、すべて偉大なるあなた様のためのもの。愛でるのも摘み取るのも、すべて陛下の意のままです」
 なんとも見え透いたおべっかだ。けれどもエヴラールはあえてそれに乗せられたふりをしてやった。
「ふふ……私は実に果報者ですね。妙齢の淑女を一度に七人も娶れる男など、いかな帝国広しといえどもそうそう存在するものではありませんから」
「そうですともそうですとも。七人の女性を一度に寵愛することができるのも、帝国の君主たるあなた様だからこそです。それに加えて花の盛りは一瞬です。今宵はどうぞ離宮にて存分にお愉しみなさいませ」
「……」
 大臣を見返すエヴラールの瞳に、一瞬冷ややかな光が宿る。
 が、一拍置いて彼はにっこりと笑った。
「ええ。ぜひそうさせていただきましょう」
「ははははは、これはいい! どの妃が真っ先に懐妊するか楽しみですなあ!」
 下品な戯言を抜かす大臣を置き去りに、エヴラールは四阿目指して歩き出す。
(……そんなものは決まっている)
 ……どんなに妃たちが美しくとも、エヴラールが自分の子を孕ませたいと願うのはただ一人。
 正妃であるアイリス・ツァールトハイト・フォン・スフェーン以外にいなかった。
 
 
 
***
 
 
 リナリアとともに湖畔で一休みしていたアイリスはそっと顔を上げた。
(……そろそろいいかしら)
 明るかった空が暮れ、辺りには濃密な夜闇がじわじわと広がり始めている。約束の場所である岸辺の四阿を見つめ、アイリスは小さく微笑んだ。
 根が繊細なエヴラールのことだ、大方七皇妃たちの相手をして疲れたのだろう。それに加え、帝都からこの湖までは駿馬を駆っても半日はかかる。あの「疲れた」という表現は嘘や誇大表現などではなく本心だろうと考えていた。
「本当はお一人でゆっくりさせて差し上げたいけれど、かといってお待たせしてもいけないわ。そろそろ四阿へ向かいましょう」
 そう促し、アイリスはリナリアを連れて四阿へ向かった。
 
 その時。
 
「お待ちなさい」
 エヴラールのもとへ向かおうとするアイリスの前に、青いドレスを着た長身の少女がぬっと立ちはだかる。小大陸アルギエバ出身の側妃ジャンシアヌだ。
 彼女はアイリスの胸を意地悪く小突き、嫉妬と敵愾心の滲むアイスブルーの瞳を歪めて言い放った。
「エヴラール様にちょっと愛されていらっしゃるからって生意気ね、貴女。正妃になったとはいえ、貴女みたいな女が相手じゃどうせ関係も長続きしないわよ。すぐに寵を失って転落するわ」
 その言葉に、すぐさま取り巻きのクリザンテームが同調する。
「そうそう。貴女ったら本当に可愛げがないんだから。普通は同じ七皇妃であるわたくしたちにもっと遠慮するものではなくて?」
「今後のためにも、わたくしたちが愛嬌の身につけ方でも教えて差し上げましょうか? 今のままじゃ浮かれている貴女があまりにも滑稽だもの」
 くすくす……と辺りに広がった笑い声に、アイリスはむっと唇を捻じ曲げる。
 が、彼女はすぐさま毅然と顎を持ち上げてやり返した。
「……まあ、ありがとう。貴女たちもそのお口の悪さを直さないと、一生側妃のままかもしれないわね。陛下が見向きもしない理由がよくわかったわ。つまらない話しかできないうえに、ものすごく卑屈なんですもの」
「なっ――!」
 ……おっと、言いすぎたか。
 アイリスはさっと口をつぐみ、ロイヤルブルーのドレスの裾をつまんで優雅な一礼をする。
「陛下とのお約束があるのでこれで失礼するわ。皆さんはどうぞごゆっくり」
「お待ちなさい、アイリス妃! まだ話は終わっていなくてよ!」
「そうよ、逃げる気!?」
(逃げるに決まっているでしょう。貴女たちに捕まったら面倒なことになるのは目に見えているのだから)
 凛然と対処するアイリスの姿に、後続のリナリアが心底感心した風に口笛を吹く。
「アイリスってばすごいわねえ。貫禄が前と全然違うんだもの、あれはあたしでも気圧されたわ」
「だってあの人たち嫌いなんだもの。わたくし、努力もせずに人の批判や噂話ばかりしている人は嫌いよ。だから言い返しただけ」
「あはは。久しぶりにスカッとしたわ。正妃にそれくらいの気概があった方が頼もしくていいわね」
「もう、リナリアったら」
 アイリスはくすりと笑うと、エヴラールとの約束の場所へ向かってまっすぐに歩を進めた。
 
 
 
 一方、取り残された七皇妃たちは、アイリスの後ろ姿をねめつけながら地団太を踏んでいた。
「きいいいいっ! なんなの、あの子! いくら正妃になったからって図々しい……!」
「ジャンシアヌ様のお怒りもごもっともですわ。あんな冴えない女がなぜ正妃になど選ばれるのでしょう。帝都を有する中央大陸バルシュミーデの出身ということを除けば、取り立てて美点などあるはずもないというのに」
「まさかとは思いますが、正妃の選出に当たってバルシュミーデの長が根回しでもしたのでしょうか」
「やりかねないわね。何せわたくしたちの故郷と違って、中央大陸はわが帝国の要となる土地。部族長が秘密裏に陛下と通じていたとしても何ら不思議はないわ」
「えーっ! じゃあまさか、アイリス妃って賄賂を使って正妃にのし上がったんでしょうか? ぼうっとした子に見えてなかなかやりますねえ」
 ガルデニアののんびりした声に、クリザンテームがうんざりした風に言う。
「結局真面目にやってる方が馬鹿を見るのよね。あーあ、こんなことなら私もさっさと手を打っておけばよかった。一族からは嗤われるし、お父様には叱られるしで散々だわ」
「それにしても、あんないけ好かない女を正妃に選ぶなんて、エヴラール様は案外人を見る目がないようね。大陸中から七人も正妃候補を集めておいて、選ぶのは結局あんな野暮ったい女だっていうんだもの」
 と、そこで妃たちはあることに気づいて顔を見合わせる。
 今ここにいる妃たちは全部で五人。噂話の標的にされているアイリスを除いても一人足りない・・・・・・のだ。
 そこでジャンシアヌがうんざりした風に吐き捨てた。
「ふん、いけ好かない女ならもう一人いるじゃないの。あの赤毛の……」
「ああ、あの子ね。メローペ家のお嬢様だかなんだか知らないけど、お高くとまって嫌な感じよねえ」
「寵愛争いなんてわたくしには関係ないですって顔して、一体何様のつもりよ。選ばれなかった者同士で傷の舐めあいなんかしたくないとでも言いたいのかしら」
 ふああ……とあくびをしながら、ロテュスがそれを一蹴する。
「どうでもいいわ、ただの有翼人の小娘でしょ。子も産めない身体だっていうし、あんな愛想のない子にエヴラール様のお心をどうこうできるとは思えないもの」
「それもそうね。あはははは……!」
 
 いつの世も女とは業の深い生き物だ。
 彼女たちは常にきらびやかな装いに身を包み、嫉妬や敵愾心といったどす黒い感情を美しい微笑で巧みに覆い隠す。
 そして数え切れぬほどの姦計を巡らせて最愛の男の寵を奪い合う。
 女の世界では男の興味関心、そして彼らから捧げられる「愛」が最も重要な評価基準となるからだ。
 だからこそ七皇妃たちは躍起になって恋敵を蹴落とそうとする。自分の女としての価値をさらに高めるため、己が地位を絶対なものとするために。
 そして幸か不幸か、本人たちは自分たちが周囲に都合よく踊らされているのだとは露ほども理解していないのだった。
 
***
 
 
「……エヴラール様?」
 小声で呼び掛けながら、アイリスはそろりと四阿に足を踏み入れる。
 するとそこにはガーデンチェアに腰かけて一心に本を読んでいるエヴラールの姿があった。
「お、お待たせしました、エヴラール様」
 邪魔しないように小さく声をかけると、エヴラールはつと顔を上げた。
「おや……早かったですね、アイリス」
「そ、そうでしょうか?」
 途中で七皇妃たちに足止めを食わされたことは黙っておいた。ここで安易に告げ口などしてはあとが恐ろしいからだ。
 彼女たちは「エヴラールが自分たちを蔑ろにしてアイリスの味方をする」という構図がそもそも気に入らないのだ。
 ならば、ここでむやみに悪評を広めても仕方ない……と、アイリスはおとなしくエヴラールの向かいに腰を下ろした。
 ……と。
「隣においでなさい、アイリス」
 本を懐にしまい、エヴラールは微笑を湛えて手招く。
「……よろしいのですか?」
「ええ、どうぞ」
 アイリスは「では」と断ってから、おずおずと彼の隣へ移動する。
 すると、伸びてきたたくましい腕に勢いよく膝の上に引っ張り上げられた。
「きゃっ……!?」
「ふふ……、膝の上で愛でる妃というのもよいものですね。こうしていると、まるで私の腕の中だけが貴女の世界になったようで、とても気分がいいですよ」
「も、もう! いきなり何をするのですか! こんな格好、まるで子供みたいで恥ずかしいわ……!」
 恥じらうアイリスを尻目に、エヴラールは結い上げた菖蒲色の髪に鼻先を擦りつける。そしてくん、と鼻を鳴らした。
「何かつけていらっしゃるのですか? 髪からとてもよい香りがしますが」
 エヴラールの吐息が耳朶にかかり、アイリスはふるりと身を震わせる。
「ゆ、百合の香油ですわ。出がけに侍女がつけてくれたのです」
「なるほど……いいですね。貴女との初夜を思い出します」
 
(そういえば……確かに初夜でも百合の香油を使ったわね)
 
 あの夜、アイリスは侍女によって微香性の百合の香油をまんべんなく全身にすり込まれた。皇帝の花嫁が初夜の床でつけるものと決まっているらしく、香油を塗った箇所にエヴラールの手や唇が触れると、百合の華やかな香りが体温でふんわり立ち上ってとてもいい心地がした。
 
 彼自身何も言及してこなかったので、てっきり香油の香りには気づかなかったのだとばかり思っていた。
 しかし。
 
「初夜の晩、貴女の素肌からこれと全く同じ香りがしました。すっきりとした、けれども清楚で女性らしい、とてもいい香りが。朝になっても敷布からほのかに百合の匂いがしていたのをよく覚えています」
「香油のついた肌のまま朝寝をしたのでそのせいでしょう。覚えていてくださって嬉しいですわ」
「忘れられるはずがありません。あの夜は、私にとっても特別な夜でした」
 
 華燭の典を上げる前にも人目を忍んで幾度か肌を重ねていた二人だが、初夜は彼の言う通り格別のものとなった。
 いつも以上に丹念な愛撫で身も心も蕩かされ、快楽によってこぼれた涙を唇であやすように吸い取られ。
 そして互いに感極まり、アイリスの身体がもうこれ以上は耐えきれないと焦れ始めたところでようやく彼の肉の楔を深々と打ち込まれた。
 アイリスの身体は、ようやく最愛の男性と結ばれた幸福で熱く欣喜していた。
 もうとっくに処女おとめではなかったが、彼に思うさま求めてもらうことに何よりの悦びを感じてしまい、いつも以上に高い声を上げて啼いてしまった。
 
「……純潔の白百合は私がこの手で手折った。貴女はもう、私のものだ」
 そこでエヴラールは玻璃の器に盛られていた小ぶりの桃を一つ取り上げた。
 あらかじめ下に氷を敷き詰めて果肉を冷やしておいたらしく、果皮からぽたりと大粒のしずくが落ちる。
「……まあ。桃、ですか?」
「水蜜桃ですよ。今日の宴のために用意されたものですが、貴女にもぜひ食べさせたいと思いまして。よろしければ召し上がりませんか」
 アイリスが嬉しそうにうなずくのを見届けると、エヴラールは手ずから桃の皮を剥いて彼女の口元に運んだ。
 皮を手でするすると剥きあげ、ナイフを使っていくつかの塊に切り分けると、そのうちの一つをアイリスの唇に押し込む。
 含まされたそれを噛みしめるなり、小さな口腔いっぱいに瑞々しい果汁がじゅっと溢れ出した。
「わあ、甘い……!」
「帝国有数の産地からの献上品なのですよ。今はちょうど時季ですからね」
 柔らかな果肉は、咀嚼するとまるで淡雪のようにほろりと溶け崩れる。
 冷たく爽やかなのどごしと甘みに、アイリスは夢中になって水蜜桃を味わった。
「おいしいです……! 果肉がとても柔らかくて、口の中で蕩けるようだわ!」
「気に入ったのならもっと召し上がってください。ほら、口を開けて……」
「んぅ……」
 与えられるものをしばし無心で頬張る。
 桃の果肉に歯を立てる妻の姿を、エヴラールもまた無心で眺めていたが。
「あっ……」
 強く噛みしめた途端、果汁がどっと溢れ出してたちまちアイリスの薄紅色の唇を濡らす。
 エヴラールは待っていたとばかりにすかさずそこに唇をつけた。
「ひゃっ……!?」
 伸びてきた肉厚の舌が、アイリスの下唇をちろりとくすぐる。
 果汁でしっとりと濡れた唇の上を丹念に舐られ、舐め啜られる。
 冷えた桃の果肉とは全く異なる熱い舌の感触に、アイリスはくぐもった声を上げた。
「んん……っ」
「……確かに、冷たくて美味ですね」
 その瞳に不埒な色が走ったことに気づき、アイリスはさっとエヴラールの胸板を手で押しやった。
「や、いやです……。舐めないで……! くすぐったくて、変なの……!」
 しかし、エヴラールはその懇願をあっさりと無視した。
 アイリスの身体を膝から下ろすと、今度は覆いかぶさるような形で真横から唇を重ねてくる。
「ん……っ!」
 いびつな形にこじ開けられた口の中を、エヴラールの舌が蛇のしつこさで這いまわる。
 いきなり深く長くなった口づけに、アイリスは彼の胸を弱々しく叩いた。
(いや……、熱い……!)
 途端に下肢の辺りが甘く痺れ、ぞわぞわしてくる。それがこの先に待ち受ける悦楽へのきざはしだということをよく理解しているアイリスは、口腔を蹂躙するエヴラールの舌から逃れたくてがむしゃらにかぶりを振った。
 すると――
「んんっ……!?」
 エヴラールの大きな両手があろうことかアイリスの頬をその耳殻ごと捕らえたのだ。
 彼はアイリスの顔を固定すると、紅く色づく耳朶をすっぽりと手のひらで覆い、耳孔を完全に塞いでしまった。
 そうされればあとはもうひたすらエヴラールの熱と感触を味わっているしかない。ふしだらな口づけに没頭するしかない――。
「ん、ふ――」
 互いの舌先が濃やかに睦み合うたび、腰から広がった愉悦が背骨を這いあがって脳髄を蕩けさせる。口蓋や歯列をエヴラールの舌で丁寧に舐め回されているうちに身体から力が抜けてしまい、思わず何かをねだるような甘い声を漏らしてしまう。
「くふ……、ん……」
(ああ……、だめ……)
 耳を塞がれているせいか、二人のあわいで生まれる濡れた音がやけに大きく聞こえ、アイリスは長いまつげをふるりと震わせた。快感と息苦しさとで眦にうっすらと涙の膜が張る。
「んぁ、あ……っ」
 エヴラールの唇が離れた一瞬の隙を見計らい、アイリスはそのたくましい胸をめいっぱい押しやった。
「や、やだ、もう! 食べ物で遊んじゃだめです……、普通にお召し上がりになってください……!」
「……こういう時にわざとおどけてみせるのは感心しませんね、アイリス。この私がここまでしているのに、本当にわからないのですか?」
「……っ」
「ならば、貴女が素直になれるようにして差し上げましょうか?」
 妖しい光を湛えた瞳がアイリスを見つめる。
 薄く笑ったあと、エヴラールはおもむろに水蜜桃をアイリスの肌の上に掲げた。そのまま絞り出すように果肉を握り込む。
「きゃっ……!?」
 頬に、デコルテに、そしてコルセットで強調された胸の谷間に。
 ほたり、ほたりと水蜜桃の冷えた果汁が滴り落ちてくる。
 正気付いたアイリスは慌てて彼の手を押しとどめようとした。
「だ、だめ……、もう……! 汁がこぼれてっ――」
 制止の声も空しく、水蜜桃の果汁がぽたりと鎖骨の上へ落ちる。次の瞬間、エヴラールの唇はそれを追うようにアイリスの肌へと押し付けられた。
「や、やめ――」
「ああ、甘い。貴女の柔肌で味わう桃の果汁は格別の味わいですね……」
 こうして蜜を吸うのは当たり前のことだとでも言いたげな口調に、アイリスは白皙の頬をかあっと紅くする。そうこうする間にも鎖骨に下りた唇はやんわりと蠢き、アイリスの素肌に流れた水蜜桃の果汁を余さず舐めとろうとする。
 勝手知ったる手つきでドレスの前を大きくくつろげると、エヴラールは白い谷間に鼻先を埋めた。
「や……っ!?」
「こうしなければ乳房まで蜜まみれになってしまいますよ。桃の汁でべたつくのはお嫌でしょう?」
 それはまぎれもなく情事の誘いだった。熱い手のひら、そして貪婪に輝くアイスブルーの双眸が何よりも雄弁に貴女が欲しいのだと物語る。
(いやだ……、最初からこうするつもりで――)
 アイリスはかっと頬に朱を上らせた。
 まさか屋外で求められるとは思ってもみなかった。
 肌を重ねるのは大抵が寝室かせいぜい皇帝執務室で、こんな風に夜の庭園で情交にいざなわれたことはただの一度もない。
 たちまち不安になったアイリスは、胸のふくらみに齧りつくエヴラールの頭を必死で引きはがした。
「……こ、ここでするのは、やめてください。もし誰かにドレスが乱れているのを知られたら……」
「かまわないでしょう。この避暑地へはもともとそのために来たようなものなのですから」
「ど、どういう意味、ですの……?」
「妃たちに懐妊の兆しがないことに焦れた古参の官僚たちが、半ば強引に仕組んだのですよ。一日も早く七皇妃たちに皇帝の子を孕ませよ、とね。避暑地に行くというのはただの口実……、実際には皇帝と七皇妃が『仲良く』する機会を無理やり設けただけにすぎません」
「そ、んな……」
 ドレスのスカートがするするとたくし上げられる。
 アイリスの太ももを熱い手のひらですっと撫で上げると、彼は手慣れた所作でガーターに手をかける。ぱちん、と小気味よい音がして、絹のストッキングがガーターベルトから外されたのがわかった。
「まあ、彼らにしてみれば相手をする妃は誰でもよかったようですが……ふふ、ならば、今ここで貴女がその役割を引き受けたところで何ら問題はないでしょう?」
「エ、エヴラール様とするのは好きです……、だけど、そんな――あっ……!」
 またしても鎖骨の辺りを強く吸われて、言葉の続きが継げなくなる。こうしてなし崩しに抱かれるのは嫌なのに、ろくに抵抗もできない自分が恨めしかった。
「……それに、貴女は私の正妃だ。正妃が皇帝からの求めに応じたとして、何を恥じる必要があるのですか」
「だけど……っ」
 及び腰になるアイリスの手首をやんわりと戒めると、エヴラールはそこに指先を指し込んで強く絡め合わせた。
「どうか私に貴女をください、アイリス。この避暑地にたどり着くまで、ずっと貴女だけが恋しかった。ずっと貴女が欲しかったのです。もう待てません。どうか私に、貴女を与えて……」
 甘く熱っぽいささやきに、アイリスは身体からふっと力が抜けていくのを感じる。
 絡めた指先にぎゅっと力を込めると、彼女は小さく微笑んで言った。
「ずるい方……。そう言えばわたくしが逃げられないと知っていてそんなことをおっしゃるんだわ」
「そのずるい男の妻になったのはどこのどなたですか……?」
「もう……」
 アイリスはエヴラールの目の前で自らドレスのリボンに手をかける。
 そして、水蜜桃よりも遥かに白く芳醇な柔肌を、最愛の男の前に差し出した。
 
 
***
 
 
「なんてこと。わたくしの陛下が、また堕落してしまったわ」
「……ダリア様」
 侍女のおずおずとした呼びかけに、ダリアは爪をぎりぎりと噛みしめた。
 正妃を迎えてからというもの、ダリアの憧れであった彼は日増しに怠惰になってゆく。
 世継ぎをもうけるという大義名分のもと、眠る時間さえ削って正妃との交合に耽る。そして平気で朝寝をする。おまけに七皇妃と寵臣を集めての朝礼ではいつも上の空――。
 あの気高く禁欲的ストイックな彼は一体どこへ行ってしまったのか……。
 ダリアはアイリスを抱くエヴラールの広い背中を見つめる。
 彼は組み敷いた女の柔肌に夢中になっており、大きく割り開かれた彼女の両脚の狭間に向けて猛然と腰を叩きつけていた。
 彼の淫靡な腰使いに合わせて時折アイリスが呻くのがわかる。まるで獣のような低い喘ぎ声は、普段の美しいソプラノとは似ても似つかないほど卑猥で妖艶だ。
 生まれ落ちたままの姿で互いの熱を貪り合う二人は、まるで幼い子供のように無防備だった。
 その様子を昏い瞳で眺めながら、ダリアはさらに強く自身の爪を噛んだ。
 本来なら、あの腕の中にいるのは自分のはずだったのだ。
 エヴラールの雄に貫かれて甲高く啼かされるのも、朝まで飽くことなく幾度も幾度も求められるのも。
 全部、ダリアの役目だったはずなのだ。
 なのに――
「薔薇の髪飾りも、雪の冠も……わたくしは何も欲しくない。欲しいのはあの方の――こころ」
 噛みしめるように言い、緋色の髪の少女は睦みあう二人を嫉妬に滾るまなざしでねめつけた。
 
 
***
 
 
「……ふう」
 ……青金ラズライト棟のドローイングルーム。
 淡いため息をつき、アイリスは机上のティーセットをぴんと指ではじいた。
 結婚したばかりの頃エヴラールが買ってくれたアンティークのティーセットで、四つの猫足がついた凝ったデザインのものだ。
 ここ帝都カリナンでは定期的に骨董市が立つ。そこでお忍びの買い物をしたときプレゼントしてくれたのだった。
 内側に特殊な加工がなされたそれは、紅茶を注ぐと水色すいしょくでカップの輪郭がクローバーの形に浮かび上がるようになっている。飲み進めると輪郭が少しずつクローバーからハートの形に変わっていくというもので、ユニークな仕掛けが楽しい洒落た逸品だった。
「ふふっ。紅茶はおいしいし、可愛い……」
 つぶやき、アイリスはポットの模様をゆるゆると指でなぞった。
 
 避暑地での強引な求愛には驚かされたものの、それからのちも二人は順調に愛を育み続けていた。
 まだ夫婦というよりも恋人同士といった印象が強いものの、アイリスの心はいつも満たされていた。
(こんなに幸せでいいのかしら……)
 夫であるエヴラールはとても優しくしてくれるし、女官や侍女たちもこれ以上ないくらい甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。ほとんど互いの情熱に任せた結婚ではあったが、周囲から向けられる視線は思っていたよりもずっと温かで好意的だ。
 唯一気がかりなことがあるとすれば、エヴラールの実父である先帝ゴーチェの動向くらいのものだった。
 もちろん他の七皇妃たちから向けられる嫉妬の感情も恐ろしいけれど、この政略結婚の仕組みを考えればある意味仕方のないことだろうと諦めていた。選ばれた者と選ばれなかった者との間に確執が生まれるのは必然であり、今更それを取り払えるはずもない。ここはせめて選ばれた者正妃として精一杯エヴラールの役に立ちたいとアイリスは考えていた。
 
「……アイリス様?」
 筆頭侍女カルミアの訝るような声に、アイリスははっと我に返った。
「あ……、な、何でもないの。ただ、こんなに幸せでいいのかしらって、つい不安になっちゃって」
「まあ、ご馳走様です! だけど、怠慢は敵ですわよ、アイリス様」
「?」
「いくら正妃におなり遊ばしたからといって、女としての努力を放棄してはいけません。七皇妃の皆様をご覧になりまして? 化粧師を呼んで顔のマッサージをさせたり、美容体操をしたり、はたまたお衣装や装飾品にお金をかけたり……。誰一人女として手を抜いていらっしゃらないのです」
「まあ、すごいわね」
「感心している場合ですか? アイリス様も対抗なさらなくては駄目です。あっという間に正妃の座を奪われてしまうかもしれませんわよ」
「だけど、わたくしはそういうことばっかりが重要だとは思えないのよ。内面を磨いたり知識を身につけたりするのも大切なことでしょう? 目に見えるところばかりに磨きをかけたって……」
「それはそうでしょうけど、殿方が出会ったばかりの女性の内面をすぐに見抜けるとお思いですか? まずは外見でしょう。いくら中身を洗練させたところで、外見で射止めることができなければ意味がありませんわ。それと同じように、アイリス様の内面にどれほど変化があったとしても、陛下はすぐにはお気づきになれないかもしれません。だからこそ見た目にも気を遣うことが肝要なのですわ」
「はあい……」
 言葉巧みに言いくるめられ、アイリスはしょぼしょぼと背を丸める。
 ではここはカルミアの助言通り、マッサージと美容体操とショッピングをすればいいのか……。
(はあ……、めんどくさい……。どれも興味ないことばっかりだわ……)
 第一、そんなもので女の価値が高まるというのも妙な話だ。
 だが、もしそれでエヴラールの心が引き留めておけるというのなら――。
 
「――ごきげんよう。アイリス妃はいらっしゃる?」
 突如響き渡った聞き覚えのない声音に、アイリスはゆっくりと声のした方を振り仰いだ。
(えっ?)
 ……そこには一人の小柄な少女の姿があった。
 傲然と顎を上げて室内に踏み込んでくる彼女の姿に、侍女たちが小さく息を詰めるのがわかる。
 なんとか止めようと奮闘する侍女たちを振り切り、少女は青金棟のドローイングルームに颯爽と踏み込んできた。
「ええと、貴女は――」
「あら、同じ七皇妃の顔も覚えていないなんていいご身分ね。それとも何? わたくしの顔があまりにも平凡だから忘れてしまったとでもいうの?」
 アイリスはごくりとつばを飲み込んだ。
「平凡」という一言で片づけるには、目の前の少女はあまりにも整った容姿をしていた。
 緩く波打つ緋色の髪、上質なエメラルドを嵌め込んだかのような澄んだ新緑の瞳。適度に素肌を露出させた帝国式のドレスからは、すんなりと華奢な両足が伸びる。菱形に開いた腹部の切れ込みからは小さな臍がのぞいており、その肌の白さときたら、美しいを通り越してやや病的とも呼べるほどだ。
 そして、頭頂部で別の生き物のように蠢く一対の羽根が、少女の浮世離れした雰囲気にさらなる拍車をかけている。
 小ぶりな羽根は、アイリスに挨拶でもするかのようにぴょこぴょこと上下に揺れ動いた。
(ふああっ、可愛いっ……!)
 アイリスが密かに悶絶していると、少女はこちらをキッと睨みつけて声高に名乗った。
「わたくしの名はダリア。ダリア・フォン・メローペ。貴女と同じ七大陸出身の妃よ」
「も、申し訳ございません……! お名前を失念しておりました!」
 頭を垂れるアイリスに、ダリアは広げた扇の影で冷たく鼻を鳴らす。
「……なんてこと。エヴラール様の正妃ともあろう女が、まさか格下の妃相手に頭を下げるだなんて」
「……!」
 アイリスは恐る恐る顔を上げる。
 そこにあったのは明らかな軽蔑の眼だった。
 携えた象牙の扇をゆっくりとひらめかせ、彼女はアイリスを冷ややかに嘲笑う。
「ふん。色気づいちゃって本当に嫌な女。人目も憚らずにあんなところで殿方に抱かれるだなんて」
「……!」
 アイリスは真っ赤になった。
 まさか、四阿での一部始終を見られていたなんて――。
「も、申し訳ありません……。みっともないところをお見せして……」
「あら、謝らないで。エヴラール様がお求めになったのでしょ? なら、それにお応えするのがわたくしたち七皇妃の役割ではなくて?」
 口ごもると、ダリアはエメラルドの瞳をすっと眇める。
「……普段品行方正な貴女が、まさかあんなはしたない声でよがるなんて夢にも思わなかったけれど」
「――!」
 狼狽するアイリスを見て、ダリアは高らかに笑った。
 ぱちんと音をさせて扇を閉じると、その先端をすいとこちらに突きつけてくる。
「わたくし、貴女みたいな矜持のない女は嫌い。個の確立されていないふわふわした女もね」
 ダリアは好戦的にアイリスをねめつけ、肩にかかる真紅の髪を荒っぽく手で払う。
「貴女みたいな女、絶対にエヴラール様にはふさわしくないわ。今からでも遅くない……、このまま正妃の座を降りなさい。その方があの方のためになるわ」
「それは何故でしょう」
「あら、わたくしが正妃になりたいからに決まってるでしょ。他にどんな理由があるというの?」
「……なるほど。他の七皇妃の皆様と同じご意見というわけですか」
 淡々と切り返すと、ダリアは皮肉げに口角を歪める。
「嫌だ、他の妃たちなんかと一緒にしないで。あの子たちと違って、わたくしは心の底からエヴラール様を愛してるんだから」
 顎を上げて傲然と言い放ち、ダリアはそこでほのかな笑みを浮かべる。
「わたくしね、子供の頃からずっとエヴラール様に憧れていたの。七大陸の娘なら、あの方に憧れない女はいないわ。わたくしの父様は部族長だったから、このお城にもしょっちゅう遊びに来ていたのよ」
 両手の指先をうっとりと組み合わせ、彼女は遠い過去を懐かしむようなどこかぼんやりとした瞳で続けた。
「エヴラール様はご幼少のみぎりからとても素敵な殿方だったわ。お優しくて、目下の者にも親切で。ご学友とご一緒されているところを見かけるたびに、わたくしはたまらない気持ちになった。あの方のように聡明な人間になりたいと思った。そして、ゆくゆくはあの方を支えられるようなしっかりした女になれたらと……」
 そこでダリアはぎりりとこぶしを握った。白魚のような手をさらに蒼白にし、身体ごとわなわなと震える。
「なのに、どうして貴女なの? ありえないわ、こんなこと。貴女みたいな何のとりえもない子があの方のおそばに侍っているなんて、わたくしは絶対に認めないし許さない!」
 つかつかと大股に近づいてくると、ダリアはアイリスの眼前に勢いよく人差し指を突きつけた。
「アイリス・フォン・バルシュミーデ! 今すぐ正妃の座を降りなさい。二度は言わないわ。わたくしにあの方の妻の座をお譲りなさい。その方がきっとこの帝国のためになるわ」
 アイリスはきゅっと唇を噛みしめたが、次の瞬間真っ向からダリアの瞳を見つめ返してきっぱりと言い放った。
「申し訳ありません。そのお願いだけは、聞けませんわ」
「なんですって!?」
「だって、あの方をお支えできるのは、わたくしだけだから」
 ダリアは美しい顔を歪めたものの、そこで不意に挑発的な笑みを湛えてアイリスを見返した。
「そう。なら、お父様にお願いして、メローペ家からは今後一切の援助を打ち切らせてもらうことにするわ。その分までどうぞ貴女が支えて差し上げて?」
「そんな……! お願いですからどうかそれだけは……!」
 皇帝の即位とは七部族長たちの同意と後ろ盾があって初めて成立するものだ。七部族長たちの支持が一つでも欠ければ、皇帝の足場は瞬く間に揺らぐ。だからこそエヴラールは七皇妃やその実家を決して蔑ろにするわけにはいかないのである。
(どうしよう……、ここでダリア様のご機嫌を損ねるわけには……。だけど、迂闊にうなずくわけにはいかないわ)
 黙り込んで慎重に言葉を探すアイリスに、ダリアはとうとう声を荒げた。
「何とか言ったらどうなの!? わたくし相手には言葉なんか使う必要もないとでも!?」
「! も、申し訳ありませ――」
 刹那、ダリアの華奢な肢体がゆっくりとくずおれた。緋色の波打つ髪が宙に揺れ、ドローイングルームの絨毯の上に扇のように広がる。
「うっ、く……、っ……、はっ……!」
「……ダリア様?」
 ダリアは絨毯の上に倒れ伏したまま答えない。
 背を丸め、息を荒げて苦しげに肩を上下させる彼女の姿に、アイリスはただならぬ何かを感じ取る。
 かがみこんでダリアの身体を支えると、すぐさま背後に控える侍女に向かって言い放った。
「カルミア! 宮廷医を! 早く!」
 ……その時。
「……お願い、呼ばないで!!」
「ダリア様!?」
「お願いよ……、アイリス妃……」
 喘鳴とともに声を絞り出すダリアの眦から、すっと透明なしずくが伝った。
 
 
***
 
 
「アイリス……!」
 ドローイングルームに飛び込んできた夫の姿に、アイリスはほっと胸をなでおろした。
 未だ息を切らしている彼に近寄ると、静かに首を垂れる。
「申し訳ありません、政務の最中にお呼び立てしてしまって……」
「いえ。それより、ダリアの様子はどうなのです? 大丈夫なのですか?」
「宮廷医が薬を打ったので、今は眠っておられます。ですが、先ほどまで喘鳴を繰り返していて、ひどく苦しそうで……」
 アイリスはそのままエヴラールを自身の寝室へと案内する。
 部屋の隅で控えていたカルミアがはっとしたように顔を上げ、次いで深々と拝礼をした。
 
 ダリアは、アイリスの寝台の上で深い眠りに落ちていた。
 四肢は力なく寝台の上に沈み込み、蒼褪めたおもては幽鬼のように真っ白だった。
 蔓のように細くしなやかな肢体は、今や完全に生気を失っていた。うっすら開いた唇からこぼれる吐息だけが、彼女が息をしているということをかろうじてアイリスたちに知らしめる。その痛ましさに、アイリスは眉根を寄せた。
「先ほどまでドローイングルームでお話をされていたのですが、突然倒れてしまわれて……。胸を押さえてとても苦しそうにしておいでだったので、とっさに宮廷医を……」
 だが、医師は「またか」と忌々しそうにぼやいただけで、特にアイリスに事情を説明しようとはしなかった。淡々とした手つきで薬を打ち、ダリアをしばらくベッドに寝かせて休養させるよう指示したきりで、肝心の病状については何一つ言及しようとはしなかったのだ。
 ダリアの紅色の髪をさらりと撫で、エヴラールは呻くように言う。
「……ダリアには、持病があるのですよ」
「え……」
「七皇妃の中でも唯一夜伽のできない姫。それがダリアなのです」
 
 メローペ家の令嬢であるダリアに持病があると判明したのは、彼女の後宮入りが済んでしばらく経ってからのことだった。
 居住棟である珊瑚コライユ棟に移り住んでからというもの、彼女が日ごと夜ごと不穏な咳と発作を繰り返すため、心配になった女官長は嫌がる彼女を宮廷医にかからせた。そこで判明したのが彼女の持病だ。
 そして宮廷医と相談した結果、女官長は胸を病んでいるダリアに夜伽はできないだろうと判断したのだそうだ。
 今は毎朝毎晩と宮廷医に体調を見せ、定期的に薬を出してもらってなんとか生活している状態なのだという。
 
「むろん、そんな女性相手に無理をさせられるわけもない。だから私は、ダリアをけして寝所には呼ばないことにしたのです」
 
 しかし、その腫れ物に触るような扱いがよくなかったのか、ダリアは日増しに不安定になっていった。
「薬を飲めば伽くらいできる」と主張し、前にもまして頑固になってしまったのだ。
 むろん、他の七皇妃との間にも軋轢が生じた。
 妃たちには「子も産めない欠陥品」と疎まれ、宮廷人たちからは厄介者めいた扱いをされて、ダリアはこの城の中で完全に孤立してしまったのだという。
 
「つまり、彼女は両親の期待に応えるために私に輿入れしたも同然なのです。加えて、メローペ家の当主は厳格な人柄で有名だ。そのせいで、きっとダリアは私の子を産むことこそが自分の存在意義なのだと誤認しているのでしょう」
「それは、違うと思います」
「……アイリス?」
「彼女は……ダリア妃は、あなたのことが――」
 アイリスはぎゅっと唇を噛む。
 この先の言葉を口にして、一体何になるというのだろう。
 男であるエヴラールに女心の機微がわかるとは思えない。まして、ダリアのような繊細な少女の気持ちはきっと理解できないはずだ。
 女の心の襞は、同じ女にしかわからない。だからこそ女は対立し合う。けれど、女を慰めることができるのもまた女だけなのだ……。
(自分だけ好きな男性の寝所に呼ばれないということがよほど辛かったのね……)
 ダリアはようやくエヴラールと近づきになれて嬉しかったはずだ。これまでの思いの丈をすべてぶつけたかっただろうし、彼の正妃最愛になれるかもしれないと密かに胸躍らせてもいたはずだ。
 その望みがアイリスの登場によってすべて打ち砕かれてしまったのだから、こうして屈折してしまうのも当然のことだろう。
 
 アイリスはエヴラールの手に自らの手を重ねると、諭すように言った。
「……あまりダリア妃に冷たくしないであげてください。これではこの方があまりにも可哀想です」
「……では、私は一体どうすればよいのでしょうか」
「言葉でも、贈り物でも……なんでもいいので、いたわってあげてください。そして、他の誰よりも気にかけて差し上げて。この方はわたくしたちが思っているよりずっとずっと脆いのです。だから、傷つけるようなことはしてはいけません」
 きっとダリアの心の中では葛藤が渦巻いているはずだ。
 弱い自分を認めたくない心、苦しんでいる自分を受け入れてほしいと願う心。
 二律背反する感情を彼女は抱えている。そしてその矛盾に今もなお苦しんでいるのだ。
「この方は、あなたの七皇妃として精一杯頑張っているのです。この方の矜持や努力をないがしろにしてはいけません」
「……わかりました。そのように心がけます」
 二人は眠るダリアのおもてを黙って見守った。寝台の上で小さな寝息を立てる彼女はまるで童女のようにあどけなく、そしてどこか儚げだった。差し伸べられる庇護救いの手がなければ、今にもどこかへ消えていってしまいそうだ。
 その姿を見つめながら、「彼女を庇護しこの世界に繋ぎとめる存在になりたい」とアイリスは思った。
「具合が回復したら、お見舞いの品を贈りましょう。何がいいかしら……、お菓子かお花か……、あるいはちょっとした宝飾品でもいいですわね」
「アイリス、貴女がそこまでなさる必要は――」
「では、エヴラール様からということになさってくださいませ。その方がダリア様もお喜びになるでしょう」
 微笑んで言うと、エヴラールは一瞬言葉を詰まらせる。
 そして色素の薄い金の髪をさらりとかきあげてふっと微笑した。
「……貴女には敵いませんね。私が女性なら、きっと貴女ほど寛容にはなれなかったはずだ」
「どういうわけか、この方のことが放っておけないのです。だって、この方の持つ弱さや劣等感というものは、きっと誰の心の中にもあるものだと思うから」
「アイリス。貴女のその優しさに、感謝します」
 エヴラールはそう言ってぴたりと身を寄せてくる。
 アイリスは柔らかく微笑み、額に押し付けられるエヴラールの唇を静かに受け止めた。
 
 
***
 
 
「ふん! 貴女、こんなことも知らないの!? 仮にも皇妃ならこれくらい勉強しておきなさいよ、全く!」
「す、すみません!」
「いい!? この大陸の名前はツェータ、こっちの大陸はスピカよ!」
 その日、アイリスは、珊瑚棟の庭園で彼女と二人帝国史の勉強にいそしんでいた。二人の傍らにはそれぞれの筆頭侍女たちが佇み、大きな扇を使って風を送ってくれている。
 侍女に運ばせた地図を広げてみせながら、ダリアはぷりぷりと言った。
「全く。バルシュミーデ家のお嬢様のくせに、なんでこんなことも知らないの? いい? ここの少大陸はね……」
 声を荒げるダリアに、アイリスは小さく身を縮こまらせた。
 ダリアが快復したという報せを聞いて珊瑚棟へ足を運んだのはいいが、いつの間にか彼女を教師役として勉強会が始まってしまったのである。この溌溂とした様子から察するに、どうやら何事もなく全快したようだ。
 
 ダリアの解説を聞きながら、アイリスはその澱みない語り方にいたく感心した。
 いざ付き合ってみれば、彼女は眉目秀麗、博学多才という言葉が非常によく似合う才女だった。
 頭の回転が速く、アイリスのどんな発言に対しても打てば響くような小気味よい回答を返してくる。
 そして、その知識量や応用力の高さには舌を巻くものがあった。
 また、他の七皇妃たちとは異なり、ダリアには必要のない見栄は張らないという美点があった。「目に見えるものにお金をかけるより、目に見えないところにお金をかけた方が遥かに粋だわ」と言い張り、妃たちが喜ぶような華美な装いには目もくれない。
 そのおかげか、アイリスは彼女との交流を「楽しい」と感じたのだ。
 
「……こ、この間は迷惑をかけたわね」
 ぼそぼそと言われ、アイリスはそっとダリアの瞳を見つめ返した。
「あ、いえ……、誰しも体調の悪い時くらいありますわよね。大事にならなくてよかったです」
 そこで彼女は目の覚めるような深紅の髪をふさりとかきやった。いささか傲慢な口調で言う。
「全く。目が覚めたら貴女のベッドの上だなんて、あの日はとんだ悪夢だったわ。わたくし、敵に弱みは見せないのが信条なのに」
「ま、まあ……、そうおっしゃらず。具合が悪かったのですから仕方ないではありませんか」
 やんわりなだめると、ダリアは形のよいコーラルピンクの唇をわなわなと震わせる。
「エヴラール様のベッドならいざ知らず、憎い恋敵のベッドに寝かされるなんてっ……!!」
「……エ、エヴラール様のベッドならいいのですね」
「当然よ! ああ……この身体に病魔が巣食ってさえいなければ、わたくしの柔肌を存分にあの方に貪っていただくのに……!」
 赤裸々な願望を打ち明けられ、アイリスは返答に詰まった。あけすけな告白にたらりと冷や汗をかく。
 が、これはつまり、そうした話題を口にできる程度まで彼女の身体が回復したということなのだろう。
 欲望を語れるということは身体が健康だということだ。そして、生きるだけのエネルギーがじゅうぶんに満ちているということでもある。
 
(……よかった)
 
 たとえアイリスを敵と思っていたとしても構わない。ただ生きてさえいてくれれば、それでいい。
 それがダリアに対してのアイリスの想いであり、またエヴラールの望みでもある。
 同じ王城で暮らす者同士、彼女とは姉妹、あるいは家族のように親しく付き合っていけたらと願っていた。
 
「見て、アイリス妃。これ、今朝方エヴラール様にいただいたペンダントなの。目が覚めたら枕元に置いてあってね、わたくしもう感激しちゃった!」
 目の前でぱかりと音を立てて開かれたジュエリーボックスに、アイリスは苦笑した。
「よ、よかったですわね」
 ダリアは取り出したペンダントを自慢げに広げてみせる。
 それはペンダント全体に大ぶりのエメラルドを大胆にあしらい、合間に小粒のガーネットで紅い花をかたどった優美な一品だった。盛装の仕上げにつけたらダリアの白い首筋にきっと映えることだろう。
「ふふ、素敵でしょう? わたくしの瞳の色に合わせてエメラルドにしてくださったのですって。一生の宝物にするわ!」
(……本当はわたくしも一緒に選んだのだけれど、さすがに言えないわよね、そんなこと)
 ダリアはこれを『初恋の君』から直々にプレゼントされたものだと思い込んでいる。
 そこに彼の気持ちがあろうとなかろうと、このペンダントはダリアにとって彼と繋がる唯一の品でありよすがだ。それを否定するような野暮な真似はしたくない。
 それに、せっついたのはアイリスだとしても、届けさせたのは他ならぬエヴラール自身だ。
 たとえ自分とダリアが恋敵同士であるとしても、ここは二人の間に繋がりができたことを祝福するべきだろう。
 
 その時、さくりと芝生を踏む音がして、一人の青年が二人に声をかけてきた。
「お妃様たち、こんにちはー! 仲がよさそうで微笑ましいことですね!」
 肩の辺りで揺れる癖のないプラチナブロンドに、人懐こそうに細められたサファイアブルーの瞳。簡素ながら仕立てのよい細身のフロックコートとトラウザーズ。
 このスフェーン帝国の宰相を務める青年、キリアン・バルテルだ。宰相家の令息であり、エヴラールの一の側近でもある。まだ年若いながら先見の明があって頭が切れると評判な好青年だ。
 肩口で切りそろえた白金の髪をさらさらと揺らし、彼はにこやかに二人に歩み寄ってくる。
 案の定、ダリアは彼の言葉尻を捕らえて嵩高に責め立てた。
「はあ? あなた、一体どこに目をつけてるのよ。わたくしとアイリス妃が仲良しですって? 冗談は休み休み言うことね」
「えー? でも、お二人ともさっきからすっごく楽しそうじゃないですかあ。まるで付き合いの長い親友同士みたいでしたよ?」
「なんですって!? 侮辱もいい加減にしてくださる、キリアン様? こんなぼーっとした妃と仲良しだなんて思われたら末代までの恥だわ!」
「えー? 別に侮辱なんてしてないのになー……」
「ま、まあ、お二人ともその辺で……」
 いきり立つダリアをなだめながら、アイリスはそっとキリアンを窺い見た。
 どういうわけか、彼は必死にダリアとの会話の糸口を探しているように見えた。幾分前のめりになり、薄水色の双眸をキラキラ輝かせて彼女に他愛もない質問を繰り返している。
 そんな彼の様子にアイリスはぱちぱちと瞳を瞬かせる。
(もしかして、キリアン様もダリア様とおしゃべりがしたいのかしら?)
 少しでも気を利かせようと、アイリスはてきぱきと指示を出した。
「キリアン様、よろしければこちらにどうぞ。カルミア、椅子をもう一つ出してきてちょうだい。ミモザはティーセットをもう一揃い用意して」
「ちょっ……! アイリス妃、貴女ったらなんでわたくしの居住棟で勝手に指示を出してるのよ! 男とお茶なんて冗談じゃないわ!」
「まあまあ、いいではありませんか。宰相閣下には日頃からお世話になっていることですし……」
「よくないわよ! エヴラール様以外の男とお茶なんて、わたくしはっ……!」
 そんなダリアの心中を知ってか知らずか、キリアンはのんびりと言った。
「わぁ~、なんだか悪いなぁ。女の子同士で盛り上がってるところにお邪魔しちゃってー」
「いいのです。せっかくですから、エヴラール様をお支えする者同士親睦を深めることといたしましょう」
 キリアンは嬉しそうに席に着き、隣のダリアににこにこと愛想よく笑いかけた。
「というわけで、よろしくお願いします、ダリア様!」
「う……!」
 
 その時、庭園の入口から凛とした男の声が響き渡った。
「――アイリス。こんなところにいたのですね」
 聞き覚えのある声音に、思わず声のした方を振り仰ぐ。
 するとそこには、夫であるエヴラールが数名の侍従に挟まれるようにして立っていた。
「……エヴラール様!」
 テーブルに近寄ってきた彼は、しばらく興味深げに一同の顔を眺めまわしていたが、女性二人に挟まれるようにして座っているキリアンを見つけてシニカルに口元を歪めた。
「……おや。両手に花とはいいご身分ですね、キリアン。菖蒲とダリアに囲まれて、三人で仲良くティータイムですか」
「こ、これは陛下……! 勝手にお妃様方とご一緒してしまい、申し訳ありません!」
「ふふ。よいのですよ。いくら皇帝であるとはいえ、王城に咲く美しい花々を独占するつもりはもとよりありません。……もっとも、あなたの場合は天竺牡丹の方に懸想しているようですがね」
「……!」
 その言葉に、キリアンがぎくりと身を強張らせる。
 意味深長に笑ってから、エヴラールはダリアの顔を覗き込んだ。
「具合はどうですか、ダリア? 例の発作はもう治まりましたか?」
「あっあっ……、あの。だいじょうぶ、です……」
 彼女にしては珍しく、ダリアは盛大にどもった。目に見えてあたふたしていたかと思うと、いきなり顔を上げて言い放つ。
「あ、あのっ! 今朝は贈り物をありがとうございました……! とても素敵なペンダントで感激しておりますっ……! わたくしなんかにはもったいないくらいの品物で……!」
「気に入っていただけたなら何よりですよ。次の皇室舞踏会にはぜひあの首飾りをつけていらしてください。きっと貴女に似合うはずだ」
 ダリアはつぼみがほころぶようにふんわりと微笑んだ。
「嬉しい……! エヴラール様、ありがとうございます!」
「では、私はこれで失礼します。……ああ、ダリア。大変申し訳ないのですが、少々わが正妃をお借りしても?」
「え? あ、は、はい……! どうぞっ……!」
 想い人を前に急にしおらしくなったダリアは、エヴラールの願いをあっさりと聞き入れる。
 エヴラールはアイリスに手を差し出すと、そのまま庭園の外へと彼女を連れ出した。
 
「随分ダリアと仲良くなったのですね。驚いてしまいましたよ」
 エヴラールの言葉に、彼の隣に並んだアイリスは軽い伸びをしながら答えた。
「確かに、この間よりは仲が進展しているかもしれませんわね。さっきは直々に帝国の歴史も教えてくださって……少し難しかったけれど楽しかったです」
 肩を並べてさくさくと芝生を踏んでいたエヴラールは、そこでふと思案顔になる。手のひらを頬にあてがうと、彼はため息まじりにこぼした。
「……あんな感じでよかったのでしょうか。上手に対応できたかどうか、少々不安なのですが……」
「ええ! ばっちりですわ! ダリア様もとても喜んでいらっしゃいました」
「なるほど……、ああいったやり取りでかまわないのですね」
「殿方は深く考えすぎなのです。女性にとっては『気にかけてもらえた』という事実が何より重要なのですわ。たとえ些細なことであっても、声がけをするのとしないとでは心証は雲泥の差です。会話の中身よりも頻度を気にしながら仲良くされるといいかもしれませんわ」
 そう言ってにこりとすると、エヴラールは小さく肩をすくめた。
「……全く。貴女には頭が上がりませんね。私のような不調法者が相手でも、決して嫌がらずに真摯に向き合ってくださる。貴女という人は、まるで闇路やみじに差し込む陽光のような女性かただ……」
 アイリスは朗らかに笑うと、彼に手を伸べた。
「じゃあ、わたくしがずっと照らしていて差し上げます。迷子になったら手を引いてあげるし、思い悩みそうになったときにはそばで一緒に悩んであげます。だから、二人で一緒に少しずつ進んでいきましょう。死が二人を分かつ、その瞬間ときまで」
「ええ……」
 木漏れ日の下、二人は固く手を絡ませ合う。
 そして王城への道をまたゆっくりと歩き始めた。
 
 

 

せいぜいR15くらいに抑えたいと思っていたのですが、今回は中盤でやや大人向けの描写が入りました。エヴアイのいちゃらぶは大体こんな感じです。意外と積極的(?)です。そしてそれをデバガメするダリア……この三人は複雑だ。
余談ですが、ダリアの筆頭侍女はミモザという名前です。デバガメ中のダリアに付き添っていたのは彼女です。あと、セレーネ草の元ネタは月の女神セレーネー。白くて水晶のように透き通るお花のイメージでした。帝国時代にはこういう変わった植物や生き物がたくさん。
ダリアはデザインが気に入っているため、いずれまたイラストの方でも描きたいなと考えております。
 
世界観や創作裏話についてはブログに載せておりますので、よろしければそちらもどうぞ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
 
 

 

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