「秋のお茶会」をテーマに書いた姫君たちの短編。2019年初出なため、時系列が本編と一致してませんが、お茶でも片手に気楽に読んでいただければ嬉しいです!
白亜の四阿で、四人の姫はのんびりとお茶を愉しんでいた。
……金銀で彩色がされた、パステルローズのティーセット。繊細なレース編みのテーブルクロスはプリュンヌのお手製で、ところどころにキラリと光る宝珠のビーズが編み込まれている。
所狭しと並べられているのは、リシャール城きっての名パティシエ自慢のプティフールだ。
キイチゴクリームを用い、てっぺんに薔薇のつぼみを飾り付けた小さなケーキ。
城下では「素晴らしきパイ」という一風変わったネーミングで知られる、グリーンレモンのクリームと砂糖漬けチェリーを詰め込んだパイ。
蜜漬けにした林檎で作ったタルトや、マカロンやドラジェ、ギモーヴといった一口サイズの菓子もある。
飲みものは、年上の姫たちには薔薇風味のリキュールのソーダ割りが、プリュンヌには甘くしたホットチョコレートが出された。
茶菓に合わせた紅茶もなみなみとサーブされて、パステルローズのカップの中で湯気を立ち上らせている。
「うわぁ……。このフィナンシェ、とっても美味しい!」
芍薬色の髪を編み込んでまとめたピヴォワンヌが、茶菓をつまみながら言った。
ほっそりとした指先には桜貝を思わせる爪が戴かれ、時折初秋の陽を受けてつやつやと光り輝いている。紅い瞳はうっとりと細められ、いつもの力強い雰囲気も幾分和らいでいた。
彼女は白亜の椅子の上で伸びをすると、今度はギモーヴに手を伸ばした。
隣のバイオレッタはのんびりと桃のパイをつついている。喉を潤すべく薫り高い紅茶を一口嚥下すると、彼女はピヴォワンヌに笑いかけた。
「そうね。今日のお菓子はどれも絶品よね」
「でしょ? あんた、これ食べた? 美味しいわよ、ほら」
「まあ、ありがとう。優しいのね」
甲斐甲斐しくプティフールを取り分けてくれる異母妹に、両手を組み合わせてにこにことバイオレッタが応じる。
柔らかなコバルトグリーンのドレスはジゴ袖で、袖口からはオフホワイトのレースがこぼれていた。
二人から見て向かいの席に座っているのはクララとプリュンヌである。それぞれサファイアブルーとピーチピンクのドレスを纏っており、こちらも姉妹同然に仲睦まじい。
「どれも甘さがちょうどよくて、少々食べ過ぎてしまいそうですわね」
「はい、お姉様。普段はこんなに甘いものを食べる機会がないですから、嬉しいです!」
プリュンヌの言葉に、三人の姫たちは揃って顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「あー、可愛い。プリュンヌって素直でいいわ」とはピヴォワンヌ。
バイオレッタもまた「無邪気な笑顔に和んでしまうわよね」と言い、クララも微笑んでプリュンヌの顔を覗き込もうとした。
と、そこでクララは、小さな手を懸命に伸ばしているプリュンヌに気づく。
「……プリュンヌ様?」
「おっ、お姉様……、プリュンヌ、あの上に乗っている小さいお菓子が食べたいのです……、あの二つの……」
「シャルロットとピュイ・ダムールですわね」
クララはてきぱきと茶菓を取り、小皿をプリュンヌに手渡した。プリュンヌはたちまち笑顔になる。
「わあ! ありがとうございます、お姉様!」
彼女は満面の笑みを浮かべ、まずはピュイ・ダムールにフォークを差した。
カラメリゼしたパイ生地から、フランボワーズソースがとろりとあふれ出す。カスタードクリームと一緒に口に運び、プリュンヌは「ほぁあ……」と瞳を輝かせた。
「もー、プリュンヌったら。顔が溶けてるわよ?」
「ひぇっ!?」
「う・そ!」
ピヴォワンヌの冗談に、テーブルが湧いた。
ひとしきり茶菓を味わうと、四人はおしゃべりに花を咲かせ始めた。
最初に唇を開いたのはプリュンヌだ。
「もうすぐ秋のお花の時季ですねえ。お姉様たちは、どんなお花がお好きなのですか?」
三人の姫は誰が最初に返答するかでしばし顔を見合わせていたが、やがてバイオレッタがそろそろと口火を切る。
「わたくしは撫子や薔薇が好きですわ。竜胆も綺麗だと思いますけれど」
「あたしは金木犀ね。いい香りがして大好き。渋いかもしれないけど菊も好きだわ。劉ではご飯に混ぜるの」
「わたくしならトルコギキョウや秋桜が好きです。落ち着いた風情で素敵ですもの」
三者三様の答えだが、プリュンヌはぱあっと笑顔になる。
「まあ! お姉様たちはたくさんお花を知っていらっしゃるのですね! プリュンヌも見習わないといけません」
よくよく話を聞いてみると、新しくこしらえるテーブルクロスにどんな花を刺すかで迷っているらしい。
「塔で使っているテーブルクロスが古くなってきたので、新しくしたいのです。最後にレースのスカラップをつけようと思っているのですが、まだ刺繍するお花が決まらなくて……」
ピヴォワンヌがやや行儀悪く片肘をつきながら、「あたしたちが言ったお花を全部刺しちゃったら?」と提案すると、プリュンヌはうなずいた。
「それはいいですね、ピヴォワンヌお姉様! お姉様たちの好きなお花を刺せば、いつでもお姉様たちを思い出せそうですもの」
「また刺繍、教えて下さいね」
バイオレッタが微笑むと、プリュンヌは「はい!」とうなずいた。
「お姉様も今度プリュンヌにダンスを教えて下さいね! まだ下手なので、うまくなりたいのです!」
「まあまあ。プリュンヌ様が本気を出したらきっと怖いものなしですわよ。ダンスだってすぐに上達するのではありませんか?」
手仕事の腕前をよく知っているクララがにこやかに励ますと、プリュンヌははにかんで「えへへ」と照れ笑いをした。
「それにしても好きなお花……、かぁ。バイオレッタなら、本当は初夏の薔薇や紫陽花が好きなのー、なんて言いそうね」
冷やかすようにピヴォワンヌが言うと、バイオレッタは赤くなった。
「えっ……!?」
「ピヴォワンヌお姉様、それはどういう意味なのですか?」
背が低いプリュンヌは、少し浮いた両足をぱたぱたとぶらつかせている。
クララに「プリュンヌ様、お行儀が悪いですわ」とたしなめられ、彼女ははっとしたように足の動きを止めた。
すると、にやにや笑いのピヴォワンヌがプリュンヌに言う。
「あー、プリュンヌは知らないんだったわねぇ。じゃあ教えてあげようかしら。この子、夏の初めにクロードと紫陽花園に行ってるのよ。その後ももう、すごかったんだから。毎日のように菫青棟に邸の薔薇が送られてきて」
「ま、毎日のように、じゃないもの……。本当に毎日だもの……」
赤い顔のままでしゅんと縮こまったバイオレッタに、クララとピヴォワンヌがくすくすと笑う。
「まあまあ……、シャヴァンヌ様ったら隅に置けませんわね」
「はいはい、ごちそうさま。っていうか、あんな男でホントにいいわけ? はっきり言って薔薇を毎日は重いわよ」
「でも、わたくしは嬉しかったのよ。クロード様のお邸の薔薇ですもの……。クロード様が手ずから切ってくださったのですって。今でも週に数回頂くのだけれど、あれは素敵だわ。きっちり百本束ねられていて、送られてくるたびにうっとりしてしまうの」
ピヴォワンヌの「重っ!!」という発言にも気づかず、バイオレッタは指を組んで本当に「うっとり」している。まさしく『恋は盲目』、である。
「シ、シャヴァンヌ様……。お忙しい方ですのに早朝から百本もの薔薇を切っていらっしゃるのでしょうか……。それは想像するとなんだか怖……、いえ、すごいですわね……」
「そうよ。なんであんな変人がいいのよ。あんたってほんっと趣味悪いわね」
「そ、そんなことないもの……。至って普通よ。そういうピヴォワンヌはどういう人が好みなの?」
おずおずと訊ねられ、ピヴォワンヌは首を傾げた。両頬にかかる後れ毛を、指でくるくる弄ぶ。
「そうねぇ……。強い男がいいわね。あたしと本気で向き合ってくれる方がいいし」
「本気で? それってどういう意味ですの、ピヴォワンヌ様」
「まず、剣術の稽古には毎回付き合ってくれなきゃ嫌よ。毎日のことだから、体力がないと話にならないわね。あと、あたしよりひ弱なのは絶対選ばないわ」
「剣の相手ができることがそもそもの第一条件、ということですの?」
「まあ、ざっくり言えばそうかしら」
「たくましい殿方がお好みということですのね」
「当たり前でしょ? あたしより弱い男なんていや」
バイオレッタたちはなるほど、と思う。
ピヴォワンヌは華奢な体格のわりに剣の腕前は随一のものだ。その能力の高さは鍛錬場の見習い騎士ですら相手にならないほどなので、並みの男性では物足りなく感じるのだろう。
「じゃあ、ピヴォワンヌは殿方に守ってほしいって思ってるってこと?」
「はあ? あんた、何言ってんのよ」
「うーん……、今の流れでなんとなくそう思ったのだけれど。体力があって、強くて、たくましい……、ということは、突き詰めるとピヴォワンヌを守ってくれる人かしらって」
「そうねぇ……。まあ、どちらかといえばそうね。ただ、あたしはあんたと違って、男を見る目は厳しいのよね。男だけ一段高い所にいるような関係って嫌いだし、そういう意味では親友から恋人になる、みたいなのもいいかもなぁって」
バイオレッタは人差し指を頬に当てて、しばし考え込む。
「確かに、ピヴォワンヌはちょっと潔癖なところがあるものね。クロード様に対しても厳しい意見だし」
「……あのね、バイオレッタ。まるであたしがおかしいみたいな言い方しないでくれる? あれはどう考えても得体がしれないわよ。っていうか、だいぶ変わってるわよ」
「ええ……、そんな……」
ピヴォワンヌは肩をすくめていたが、次の瞬間ずいと身を乗り出した。意地悪い笑みを刷き、バイオレッタの瞳を覗き込む。
「じゃあずばり聞いちゃおうかなぁ。あいつのこと、どう思ってるの?」
「えっ!? どうって……」
「どこが好きなのかとか、どこに惹かれてるのか、とかよ」
「あっ、あのねピヴォワンヌ! さっきから思っていたのだけれど、話題が……。クロード様に関してはデリケートな話だから、ちょっとその……」
「いいじゃない! あんただってあたしに質問したんだし、女同士でしょ? ここは隠し事なしよ!」
バイオレッタはナフキンをいじりながらうつむいた。
「い、いきなりそんな……」
確かに同性とする恋愛話には憧れていたバイオレッタだったが、いきなり詰め寄られても返答に詰まってしまうのだ。
「あ、あの……」
もごもごと口ごもっていると、向かいのクララが興味津々といった様子で会話に参加してくる。
「わたくしも実は少しだけ気になっていましたの。シャヴァンヌ様をお慕いしていらっしゃるのだとはお聞きしていましたけれど、あの方のどのようなところがお好きなのですか?」
「え? ええと……」
二人に詰め寄られて、バイオレッタはうろたえた。
「ずばり、好きなの? 嫌いなの? あいつのこと」
……ピヴォワンヌのからかうような、けれどどこか真剣な目つきに気圧され、バイオレッタは観念して答えた。
「……好きよ。でも、うまく言えないけど……、普通の好きとはちょっと違うというか」
「違うってどういうこと……?」
「最初にお会いしたとき、すごく不思議な感じがしたの。懐かしい人に会ったような」
アルバ座で初めて会った日。
クロードの顔立ちや彼が纏う香りに、バイオレッタはひどく懐かしいものを覚えたのだ。それが何なのかは未だにはっきりしないのだが。
「クロード様にお会いするたび、なんだか離れがたいような気がしてしまうの。恋……、とは少し違うのかもしれないけれど……」
「それは……。シャヴァンヌ様に対する憧れが強い、ということですか? それとも何か別の……?」
「……わからないわ。ただ、この人のそばにいてあげなきゃいけないって思ったの。あの不思議な感覚は、気のせいだったのかしら……」
二人はそれ以上追及せず、黙り込んだ。プリュンヌもカトラリーを動かしていた手を止めて、不思議そうな顔つきをしている。
バイオレッタは慌てて付け足した。
「あ、でも、好きなのは本当よ。その不思議な感じがなくても、絶対好きになっていたと思うわ。わたくしにとっては王城へ導いてくださった恩人だし、細やかな気配りがとても嬉しくて……。確かにたまにちょっとだけ意地悪なときもあるけれど……」
「なんてったってクロードだもんね……、あんたって色々とすごいわ……」
「だって、素敵なのですもの。立ち居振る舞いも華やかだし、少し翳りのあるお顔も様になるし……。本当はお仕事をしている姿も見てみたいのだけれど、王女はプランタン宮へは簡単には行けないから……」
それを聞いて、クララがゆったりとうなずく。
「ああ、なんだかわかる気がしますわ。シャヴァンヌ様は女性顔負けなくらい綺麗な方ですもの、きっとバイオレッタ様のお好みなのですね」
「男性的すぎるというか、いかにも男の人ですっていう感じの殿方が苦手なの……。あとクロード様の言葉は詩的でとても美しいから好き」
はにかむバイオレッタに、ピヴォワンヌはやれやれと肩をすくめた。
「あれは詩的とは言わないのよ、バイオレッタ。この国の男の常套手段もいいところなの、わかってるでしょ?」
「でも、クロード様はお優しいわ……。いつも気遣ってくださるし、しぐさもすごく上品で……。この前後宮書庫で、手が届かなくて本が元に戻せなくなったときがあって……。見かねたクロード様がわたくしのかわりに片づけて下さったのだけれど……、頼もしくてどきどきしたわ」
クララは上品な微笑を湛えて相槌を打った。
「なるほど……。ここぞというときに助けて下さる殿方って、確かに素敵ですものね」
「ええ……。舞踏会の席で助けていただくことも多いのだけれど、嫌な顔ひとつなさらないの。お優しくて品があって、しかもいざというときには頼りになる方なのよね……」
「……」
ピヴォワンヌは面白くなさそうにフォークで皿をつついた。
つんと唇を尖らせていたが、やがて呆れたようなため息とともに言う。
「……いいけど、あいつの甘い言葉にはちゃんと気をつけないとダメよ?」
「えっ? どういう意味……?」
「あのね……。あいつだって立派な男なのよ? いつあんたに襲いかかってくるか、わかったもんじゃないんだからね」
「え……? お、襲いかかるって、クロード様が……?」
バイオレッタはきょとんとしたが、ふっと軽く噴き出した。
「そんなことあるわけないわ」
「はあ!? 断言なんかできないでしょ!? あいつだってなよなよしてるとはいえ、一皮むけばちゃんと男なんだからね!?」
「だから、そんなことは…………」
そこでバイオレッタははっとする。
……ちょっと前に、寝室に入ってこられたことがあったような。
あの夜の出来事は(報復が)恐ろしくてピヴォワンヌには告げていない。サラや侍女たちにもきつく口止めをしたほどだ。
最終的には未遂だったし、クロードも一通り触れた後で謝罪してきたので問題はないと思うのだが、やはりピヴォワンヌには教えなくてよかったのかもしれないとバイオレッタは思う。
「本っ当、あの男ムカつくわー。虫も殺さないようなお綺麗な顔してるけど、あれ絶対中身は野獣よ!」
「ま、まあ、スフェーンの殿方は皆さん情熱的というか、積極的ですものね。ことに、その手のことに関しては」
「あんな見え透いた口説き文句に釣られるあんたって、ちょろいというかなんというか……」
「ええっ……、そんなことない、と思うのだけれど……」
苦し紛れに、バイオレッタは桃のパイをひとかけフォークで拾って口に運んだ。さくさくと音を立ててかじり、紅茶で流し込む。
そこでプリュンヌが、いちごのミルフィーユに刺していたフォークを置いて身を乗り出した。
「まあ、すごいわ……、素敵ですっ! バイオレッタお姉様が羨ましいです。あのクロードもお姉様にだけは特別優しくしているのですね」
「でもねえプリュンヌ? クロードになんか絶対気を許しちゃダメなんだからね。あの男は女の敵なんだから」
つんと額を小突かれて、プリュンヌが「ひゃっ」と声を上げた。
「ど、どういう意味なのですかっ?」
「言葉通りの意味よ。手が早くて女にだらしないってこと。あいつにはいい顔なんかしてみせちゃ駄目よ? ものすごい節操なしなんだからね」
「そ、それは大変です! バイオレッタお姉様は大丈夫なのですか!?」
「この子は残念ながらもう無理そうね。まんまとクロードの餌食になってるわ」
「ピヴォワンヌ! お、おかしなことを吹き込むのはやめてちょうだい……!」
姫君たちのやり取りに、四阿の隅に控えていたアベルがくくっと忍び笑いをもらす。ユーグがそれを鋭い視線でたしなめた。
バイオレッタはこほんと咳払いをすると、クレームブリュレを口に運ぶクララに向き直る。
「クララはアスターお兄様と蓮花園に行ったことがあるのよね? どうだった?」
「っ!?」
クララは思い切りむせた。ごほごほと咳き込む。
「あっ、あの……、どちらからその話を……!!」
「あ、僕ですー」
いささかのためらいもなく手を上げて即答したアベルに、クララは眉根を寄せた。白い頬が見る見るうちに赤く染まる。
「お前……! どうしてわたくしのそういった話をすぐに吹聴して回るんですの!? あれだけ内緒にしておいてと言いつけましたのに!」
「えー? でもバイオレッタ様とピヴォワンヌ様にしかお話してませんよ? あ、でも今はプリュンヌ様もいましたね」
「そういう問題ではありませんわ!!」
「あれー? もしかして自分一人だけの思い出にしておきたかったとか、そういうヤツですかー?」
「……!!」
クララはアベルからさっと目をそらした。
ピヴォワンヌとアベルが「あらら、図星ね」「図星ですね」と笑いあう。
「あ、ごめんなさい、クララ。もし聞いてはいけないことなのだったら聞かないわ」
やや遠慮がちにバイオレッタが言うと、クララはクレームブリュレのプレートをそっと押しやってから頬に片手を当てた。
「いえ……。逆ですの……。とても素敵な出来事だったのですわ。言葉では到底語りつくせないくらい」
差し伸べられた手がいかに大きくて温かかったか。自分にぴたりと据えられたアスターの瞳が、どれだけ美しかったか。寄り添って歩く時間がどれほど満ち足りていて幸福なものだったか。
すべてを語るのは難しいとクララは言い、はにかんだ。
「……まあ。聞いているわたくしのほうが照れてしまうわ、クララ」
「アスターって朴念仁みたいに見えるけど、結構優しそうね。共通点があればもう少し仲良くできそうだけど……、軟禁されている今は難しいかしら……。前々から、クララにだけはえらく親切だなぁとは思ってたのよね」
ピヴォワンヌが行儀悪く肘をつきながら言う。クララは首を横に振った。
「そんな……。あの方は分け隔てなくどなたにもお優しいですわ。好意を表現するのが苦手なだけで」
「え? そうなの? あたし、あいつっててっきり女嫌いなのかと思ってたわ」
「……ピヴォワンヌ!」
慌てたバイオレッタが異母妹をたしなめる。
クララはふふ、と苦笑した。
「そのようなことはありませんわ。単にどう接してよいのかわからないのでしょう。宴の席でお見かけしている限りでは、アスター様は確実にお二人に好意を抱いていらっしゃいますわよ」
ガトーショコラのひとかけらを飲み込み、プリュンヌがぽつりと言う。
「プリュンヌとも仲良くしてくれないでしょうか……、アスターお兄様……」
「あら、プリュンヌ様。アスター様と仲良くなりたいのですか……?」
「はい! だってお姉様、プリュンヌにはお友達が少ないのです。男の人はまだ少し怖いですけど……、アスターお兄様がプリュンヌにも優しくしてくれたら、プリュンヌ嬉しいです!」
言ってえへへ、と笑み崩れる。
父親違いの兄であるアスターとは面識が全くないわけではないらしいのだが、互いに軟禁状態であるために、いかんせん顔を合わせる機会がないのだという。
だが、「忌み子」という共通点があるという意味では、アスターとプリュンヌは共感しあえる部分が少なからずあるだろう。
クララは頬にくっついたプティフールのかけらを取ってやりながら、プリュンヌに笑いかけた。
「……確かに、プリュンヌ様にはお友達が少なすぎますものね。もっと色々なお友達を作るときっと楽しいですわ」
「はい! でも、プリュンヌはユーグお兄様やアベルお兄様も大好きです! プリュンヌのことを嫌いませんもの」
「いやぁ、嫌う理由がそもそもありませんからねぇ。わが君とここまで仲良くして下さるんですから。それに、わが君だってプリュンヌ様には救われているんじゃありませんか?」
アベルの言葉にクララがくしゃりと笑う。彼女はまるで本当の妹にするように、プリュンヌの髪をヴェール越しに撫でた。
「お姉様の手、いいにおいがしてあったかいです……。えへへ……」
うっとりと目を細めたプリュンヌに、クララは安堵させるような笑みを投げかける。
「アスター様は決して恐ろしい方ではありませんし、あれでいて実はとても面倒見がよい方なのです。そうね……、今度わたくしからお話してみましょう」
「本当ですかっ!?」
「ええ」
そこでアベルがユーグを小突いて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ちょっと、聞いたぁ、ユーグ君? 『あれでいて』、だってさぁー。なんなんだろうねぇ、わが君ってば」
「……静かにしないか」
「だって、なんか……、くく。ニヤニヤしちゃうよなぁって」
ばしばしと勢いよく肩を叩かれたユーグが顔をしかめた。
姫たちはそのままおしゃべりをしながらお茶の時間を愉しんだ。
ティースタンドの菓子が一つ、また一つと消えてなくなり、それに伴って周囲に空になったプティフールの小皿がうず高く積み上がってゆく。
プリュンヌはティースタンドに伸ばしていた手を引っ込め、申し訳なさそうに言った。
「う……、お菓子、最後の一個……」
「まあまあ。どうぞ、プリュンヌ様」
「でも」
クララとプリュンヌがそんなやり取りを交わし始めた、次の瞬間――。
「――皆さま。茶菓の御代わりをお持ちいたしましたわ」
一斉に場が華やいだと思ったら、筆頭侍女たちだった。声を上げたのは最年長のダフネ、その背後からティーポットやお茶菓子を運んでくるのはサラとアンナだ。
「……アンナ、大丈夫? 落ち着いて運んでちょうだいね」
「は、はい……」
サラがよろけるアンナを気遣いながら茶菓を運び入れ、ダフネが凛とした声で格下の侍女たちにてきぱきと指示を出す。
「プリュンヌ様、空いたお皿をお下げいたしま……、!?」
ひっと息をのんだアンナの視線の先には、大量の小皿が重ねられている。どれも綺麗に平らげられ、プティフールのくずひとつ残っていない。
ピヴォワンヌががたんと席を立った。
「プリュンヌあんた、一体いくつ食べたの!?」
「いっぱい食べました~! えへへ……」
「ちょっと……、いっぱいどころじゃないんだけど、この量……。あんたって、普段は塔で一体何食べてるの……?」
「う? 大体、香草のリゾットとか……、お塩のスープ……。あ、あと、干し肉を刻んで入れたパンはちゃんと毎日食べてますよ?」
「干し肉は保存食っ!! そこはせめて腸詰を刻んで入れてあげて……!! いつもの反動でこんなに食べちゃったっていうことね……。ああもう、不憫なんだから……」
大陸ではまだ香辛料が高価なので、恐らく塩だけで作った干し肉なのかもしれない。そう思いつき、ピヴォワンヌは額に手を当てた。
「でもお姉様。毎日こうしていられるだけで、プリュンヌには有り余る幸せです。本来であれば、とっくに遠方の修道院送りになっていたと思いますから」
「ま、まあ……、確かに。あのね、でも……。一度にこんなに食べたらお腹壊すから、今度からは控えめにしないとだめよ」
たしなめるピヴォワンヌに、バイオレッタとクララが微笑み合う。
「あ、じゃあ、お茶会の回数をもっと増やしましょうか?」
「あら、わたくしもそう提案しようかと」
「そうよね。プリュンヌ様が塔からもっと出てこられれば万事解決なのよね。そうすれば大好きなプティフールも食べ放題でしょう?」
プリュンヌはドレスに包まれた両脚を勢いよくばたばたさせた。よほど嬉しいらしく、大きな瞳がキラキラしている。
「わあっ……!! い、いいのですかっ!?」
「もちろんですわ。ね、いいわよね、クララ?」
「ええ。かまいませんわ」
「わああっ!!」
プリュンヌが立ち上がり、テーブルの周囲をぐるぐる走りまわる。
バイオレッタは慌てふためき、ピヴォワンヌは腰に手を当てて「もうっ!」と怒る。
クララはといえば、口元に手を当ててただ微笑している。まるで血のつながった妹を見るかのような目つきに、従者たちが相好を崩す。困惑しつつも、侍女たちが次の皿を運び入れてくる……。
「今日もとっても楽しいお茶会になったわね」
「あら、まだプティフールがこーんなに残ってるわよ。夕方までもうちょっと楽しみましょ」
「まあ、でもわたくしはもうお腹いっぱいですわ。代わりに飲み物を頂こうかしら」
「お姉様っ、それならプリュンヌが続きを食べてもいいですかっ?」
「あー、こらっ、プリュンヌ!!」
……何事もなく過ぎてゆく日々の中に、姫君たちはささやかな「幸福」を見出している。
甘い茶菓の味に、薫り高く淹れられた紅茶の温度。たわいない話で盛り上がる、なんということはない時間。好意的に見守ってくれる従者や侍女がいるという事実。
そして何より、互いにいつでも心の裡を吐露できる間柄であるということに、姫君全員が安堵していた。
お茶会という場でなら、普段はこぼせない本音も打ち明けることができる。後宮に押し込められた王女たちにとって、この時間は何よりも落ち着けるものだった。
籠の鳥、捕虜、忌み子の王女。互いの境遇は様々だが、それでも確かにそれぞれの想いは繋がり合っているのだ。
秋の陽射しの中、固い絆で結ばれた姫たちは和やかに笑いあう。ひとときの至福の時間を、噛みしめながら。
リメイクして再掲載、第三弾。タイトル通り「姫君たちのお茶会」をテーマに執筆したもので、2019年の秋に書いたお話でした。なので、本編とは時系列がずれているのですが、練習作としてもすっごくお気に入りだったので今回再掲載することにしました。
本編を書く前に考えていた話なので、設定・時系列などはあちらとはやや違っています。
ちなみに、この話を書くまでの間に短編を細々と掲載しておりまして、そっちでの小ネタや出来事が本文中にどしどし盛り込まれております。
これだけ読んでも意味は通じるようになっていますが、元になった話の方も折を見てリメイクして出したいなと思ってます。
お菓子の描写はこの話でだいぶ自信がついたような気がしています。本編ですと第15章やandante、eleganteあたりの番外編でお菓子がワッと出てくるのですが、このお話を書いていたおかげであまり迷わずに楽しく書くことができました。
食べ物はもっと出したいのですが、生憎本編が若干シリアスな作風なので思うように出せずじまいです。
そのうち食べ物をテーマにしたお話とか書いてみたい。