第三十一章 決着をつけるとき(前編)

 
 ――西国さいごくスフェーンから故郷の劉に帰ってきて早くも数週間が経過した。
 その日、玉蘭は何をするでもなくただぼんやりと宮城の中庭から空を見上げていた。
 中庭ではもう赤や白の椿が艶やかに開花し始め、周囲の枇杷びわの木もほころんだ花弁から甘く魅惑的な芳香を漂わせている。
 なのに、玉蘭の心は沈んだままだった。
 一度は忘れたはずの痛みが、じくじくと胸を刺す。
 息が詰まるような感覚を覚え、玉蘭は切ないため息をついた。
「……終わっちゃったわ、全部」
 ただ胸が苦しくてつぶやいてみただけなのに、その言葉はなんとも物悲しく耳に響く。
「恋の終焉」を、玉蘭の心に知らしめる。
 
 顔を上げた玉蘭は、ぐるりと辺りを見渡した。
 かつて香緋と駆けまわった中庭には、もうそれまでとは違う色彩が広がり始めている。
 単に季節が変わったというだけではない。ここに大好きな親友の姿がないこと、そしてもう二度と彼女と同じ景色を見ることはないのだという感慨が、玉蘭の小さな胸を寂寞で満たす。
 ……もう香緋がこの城に遊びに来てくれることはないのだ。
 否、「ピヴォワンヌ姫」としてならばそうした機会もあるだろう。スフェーンの第四王女としてこの国を訪れることもあるだろうし、自分たちがそうしたようにこの宮殿に逗留することもあるかもしれない。
 けれど、あの時の二人はもういない。もうよみがえらない。
 すべて、終わってしまったから。
 
「……っ、っく、うう……!」
 こんなことなら告白などするのではなかった。あんな風に想いを吐露するのではなかった。
 
(わらわがあんな風に告白なんかしてしまったから、香緋は……)
 
 あの後逃げるようにこの劉へと帰ってきてしまったが、玉蘭はそうして帰国したことを少しばかり後悔していた。
 本当はもっと一緒にいたかったのだ。
 香緋と離れたくなかったし、バイオレッタに親友の役割を譲り渡すのも嫌だった。
 香緋は玉蘭にとって初めてできた親友であり、同じ目線で様々なものを見ることのできる唯一の存在でもある。
 そうした存在に出会うのは生まれて初めてだっただけに、喪失が嫌で嫌でたまらなかった。
 早く前を向かなければ。現実と向き合わなければ。
 そう思うのに、玉蘭の心は一向に浮かび上がる気配がなかった。
 かつてバイオレッタを「戦わなくて済む女の目をしている」といって非難したけれど、今ではむしろ玉蘭の方がそうした人間になってしまっている。
 戦意を失い、現実を見ることさえ忘れて、まるでもぬけの殻のようにこの宮城でただ息をしているだけ。
 ああ、本当に、これでは女王候補失格だ……。
「香緋……」
 ぽつりとその名を呼び、玉蘭はそのまま両手で顔を覆った。
 そのまま静かに嗚咽する。
 心の中で幾度も幾度も香緋の名前を呼び、寒気に身を晒したまま泣きじゃくる。
 が、すっきりするどころか余計に膿が溜まっていくような感覚に襲われて、玉蘭はやり場のない気持ちでいっぱいになった。
 
 ふいに、ぽんぽん、とあやすように肩を叩かれて顔を上げると、そこには姉の宝蘭がいた。
「……玉蘭」
「姉様……」
 宝蘭は漆黒に金糸で宝相華文ほうそうげもんの縫い取られた襦裙に身を包んでいた。
 細腰にはくっきりした深紅の帯を締め、白魚のような手には襦裙と揃いの文様の入った生成りの扇子を携えている。
「泣いていたのね」
 姉の言葉に、玉蘭はふるふるとかぶりを振る。そして無理やり笑顔を作って言った。
「いっつもこんな格好で、いい加減みっともないわよね。早く立ち直らなくちゃ……」
「玉蘭……」
 劉に帰ってきてからというもの、玉蘭はあまり熱心に身づくろいをしなくなっていた。
 赤紫の波打つ髪は下ろしたまま、衣も侍女の選んでくれたものを適当に纏うだけ。
 装身具に至ってはほとんどつけない場合も多い。
 王族として――そして何より王位継承者として、公主とは常に美々しく飾り立てねばならない存在だが、今の玉蘭にはとてもそうするだけの気力がなかった。
 姉は案の定穏やかに言った。
「いいのよ。今は好きなだけやすんでいてちょうだい」
「ありがとう、姉様……」
「気にしないで。公主としての務めはわらわがきちんとこなしておくから」
 二人は中庭に設えられた小さなあずまやに入り、その椅子に腰を落ち着けた。
「香緋とのこと、残念だったわね」
「うん……」
 玉蘭には物心ついた時からこの姉公主には何もかもを話す習慣ができていたが、それは香緋の件も同じだった。
 
 ――あの日、部屋の寝台に泣き伏した玉蘭を、姉は「可哀想に」といって慰めてくれた。
『香緋は貴女の想いを汲んではくれなかったのね。なんて可哀想な玉蘭……』
 そう言って彼女はよしよしと玉蘭の頭を撫でてくれた。
『わらわは――わらわだけは、貴女の味方よ。どんなことがあっても、わらわたちの縁は誰にも引き裂けない。血の繋がった家族とはそういうものでしょう?』
『姉様……』
『貴女を傷つける者は誰であろうと許さないわ。男であろうが女であろうが、わらわの大事な玉蘭を悲しませる人間は許さない。わらわのたった一人きりの妹を傷つけるなんて、絶対にあってはならないことだわ』
 玉蘭はとっさに「香緋はそんな子じゃないわ」と反論しかけた。
 が、嗚咽のせいでほとんど言葉にならず、ただしゃくりあげることしかできなかった。
 すると、宝蘭はそこで薄く笑って言った。
『いいの。貴女は貴女の思った通りに生きればいいわ、玉蘭。そのことについて、わらわは何も責めないし、介入もしないから。――その代わり、必ず最後にはわらわのところに戻ってきてね』
 
 ほうっと息をつき、宝蘭は扇でゆったりと風を起こす。
「まさかあの香緋が、あんなことをするなんてね……」
「……」
 宝蘭の言いたいことはわかる。
 しかし、所詮は別の人間同士なのだ、思ったようにいかないことの方が多いだろう。
 親友同士だからといって四六時中べったり一緒にいられるかといえばそれも怪しいし、ちょっと仲がいいからといって香緋が玉蘭の言うことをなんでも聞かなくてはならないという決まりはない。
 だが、それでもあの拒絶は相当に堪えた。
 玉蘭の想いに応えることはできない、けれどそれでも友達を続けたい。
 そう言って申し訳なさそうな顔をした香緋。
 玉蘭はその表情を思い出すだけで辛くなった。
 そして、自らのひずみを強く責めた。
 玉蘭がこんな想いに目覚めることがなかったら、二人はきっとあのまま親友同士でいられた。
 だからこれは全部自分のせいだ。
 ああやって香緋を困らせたのは、ほかでもない自分自身だ。
 この感情の芽に気づきさえしなければよかった。
 さらに大きく育みたいなどと思わなければ、その先を望まなければ。
 玉蘭にとって唯一の得難いものであった香緋という少女は、すでにわかりあうことのできない遠い存在となってしまっていた。あの告白の日から。
 
「わらわもできる範囲で頑張ってみたのだけれど、徒労に終わってしまったようね……」
 潜めるような宝蘭の声に、玉蘭はつと顔を上げた。
「……え? 頑張るって、何を……」
「貴女は怒るかもしれないけれど、バイオレッタ姫に軽く忠告させてもらったの。これ以上貴女を傷つけるような真似をしたら許さないって。だって、あれではあまりにも貴女が可哀想だったのだもの」
 玉蘭はそこで勢いよく立ち上がった。
「何よ、それ……」
「玉蘭?」
「わらわは別にそんなことをしてほしかったわけじゃないわ!! だって、姉様がそんなお節介をしてしまったら、わらわとあの子は対等じゃなくなる。それに、わらわはもう姉様に守られてばかりの非力な公主なんかじゃないのよ。なのに、どうしてそんな……!!」
「ぎ、玉蘭……っ?」
 衣の裾を大きく揺らし、玉蘭は姉に指を突きつける。
「姉様ってどうしていつもそうなの!? どうしてわらわのいないところで勝手なことばかりするの!? 思えば小さい時からそうだったわよね。わらわのことをいじめる女の子がいれば陰でこっそりやり返したし、相手が男でも容赦なく言い負かしたりしてたでしょう。姉様のそういうところ、昔っからわらわは気に入らなかったのよ!!」
 玉蘭ははあはあ、と肩で息をしながら姉を非難した。
 
 ……そう。実はもともと口が達者だったのは玉蘭ではなく宝蘭の方だ。
 彼女は朗らかな笑顔を湛えつつさらりと残忍な皮肉をお見舞いするのがうまい。
 見た目にはにっこりと微笑んでいても、彼女の根底にあるのは強烈な批判精神だ。だから普通の人間ならばちょっとやそっとのことでは太刀打ちできないのである。
 そして、宝蘭はそれを活かして妹の玉蘭を守ってきたといっても過言ではなかった。
 
 玉蘭がキッと睨みつけると、宝蘭はいつものようにおろおろと言う。
「玉蘭……。だけど、貴女がいじめられているのを黙って見過ごせというの? わらわたちはたった二人の姉妹なのに……」
 姉のなんとものほほんとした口調に、玉蘭は赤紫の髪を振り乱す。
「そうじゃないでしょう!? 別にそこまでしてくれなくてもいいって言ってるだけじゃない!! 大体、姉様の攻撃の仕方は怖いわよ。それをまさかあのバイオレッタ姫にまでぶつけたなんて……」
「だけど、ああでもしないとこれまで着々と香緋と仲を深めてきた貴女があまりにも可哀想だと思ったのよ。香緋と先に出会っていたのは貴女の方じゃない。なのに、どうしてただ姉というだけであの子が優遇されなくてはならないの? ……あんな、妹姫を特に大事とも思っていないような子が」
「……えっ……?」
 玉蘭は奇妙な言い回しにはたと動きを止める。
 
(……何、今の。なんだか引っ掛かる……)
 
 ……するとその時、のんびりした声が中庭に響き渡った。
「おやおや。私の公主たちは今日も随分と元気いっぱいだね」
「……父様!」
 そこには二人の父親である琅玕公ろうかんこうがたたずんでいた。
 薄い眼鏡をかけた中年の男性で、芙蓉女王の正式な配偶者として遇されている人物だ。
 ほかにも寵を受けている男妾というのは大勢いるものの、芙蓉の真の寵愛はまぎれもなく彼一人のものだった。指に光る琅玕翡翠の指輪がその証だ。
 女王として即位した時、芙蓉はこの最上級の翡翠でできた指輪を惜しげもなく彼に贈った。そして、「私の最愛の男はお前だけだ」と言ってなんとも情熱的な求婚をしたのだという。
 後宮には今でも数多の美男がひしめいているが、それでも彼女が心の底から愛する男というのはこの琅玕公ただ一人なのである。
 琅玕公は人好きのする笑みを湛え、亭にのんびり足を踏み入れた。
 にこにこしながら公主たちの隣に腰を下ろす。
「父様、どうなさったの」
「どうなさったの、って……宝蘭、それはないだろう。私は君たちの父親なんだよ? 娘に声をかけちゃいけないのかい」
「そうではないけれど……」
「ん? 何か聞かれて困るような話でもしていたの?」
 小首を傾げる琅玕公に、二人は気まずそうに顔を見合わせる。
 琅玕公はほんわりと笑った。
「いやいや、いいんだよ。年頃のお嬢さんには色々あるものだからね」
 玉蘭は父のその笑顔を見て「やっぱり宝蘭にそっくりだ」と感じた。
 もともと宝蘭は父親似、玉蘭は母親似だ。
 おまけに宝蘭と琅玕公は笑った時の印象が全く同じだった。のんびりとして邪気のない笑い方をする。
 一方、玉蘭の吊り気味の瞳は父よりも母女王の芙蓉に似ていると言われており、実際、臣下の中には「玉蘭様はお母君にそっくりですね」と称賛してくる者も多かった。
「しかしなんだね……、最近の君たちはなんだかあまり元気がないようだね」
 琅玕公の指摘に、二人は揃ってうつむいた。
 元気がない、と言われた通り、二人はあの一件以来どうにもぎくしゃくしてしまっていた。
 宮城に帰ってきてからも、馴染みの臣下や教師たちにこぞって心配されているほどだ。
「隣国で――スフェーンで何かあったのかい?」
「いいえ、何も」
 そう答え、玉蘭は口をつぐむ。
 琅玕公は芙蓉同様、二人がスフェーンに旅に出た理由を知っている。
 彼は芙蓉と同じように、大らかに二人の出発を見送ってくれた。大事な王位継承者二人の旅立ちを、母女王同様笑って許してくれたのである。
 そんな両親たちに向かってしょげてつまらなさそうな顔を見せたくはなかった。
「香緋は元気にしていたのかい?」
 宝蘭が発言する前に、玉蘭は努めて明るく答えた。
「ええ! とっても元気だったわよ」
 玉蘭が元気でいないと、宝蘭はまた余計な気を遣ってしまう。
 もう子供ではないのだという意思表示をしたくて、玉蘭は一生懸命普段通りの自分を装った。
「そうか、それはよかったねえ。しかし、彼女が正真正銘のスフェーンの姫君だったとはねえ……。いやあ、世の中何が起こるかわからないものだなあ」
 宝蘭は扇の影でふふ、と苦笑した。
「そうですね。母様はずっとわらわたち二人につける剣術指南役を探していらした。そして秦陽春(しんようしゅん)とその娘の噂を聞きつけて彼女を宮城に迎えた……」
 城下に暮らす壮年の男、そしてその娘の話は官吏たちの話題によく上るものだった。
 ……かつて凄腕の用心棒であった陽春に鍛え上げられた彼の娘は、まだ十四でありながら城下の荒事をことごとく解決するだけの優れた剣技の腕を持っている。
 そんな噂がまことしやかにささやかれており、城下町ではその父娘の名を知らぬ者はなかった。
 当時はすでに香緋とともに隠遁生活を送っていたが、陽春はかつて名うての剣士として有名だった剣豪だ。
 情に篤く、武勇に優れ、弱きを助け強きをくじく。彼はそんな人格者だと評判だった。
 
 そしてまた、彼の妻となった清紗しんしゃという女性も、あらゆる意味で有名な人物だった。
 なんでも、彼女はかつて隣国の王の愛妾として迎えられたことがあるらしいというのである。
 玉蘭がこれを知ったのは随分と後になってからで、しかもその時はすぐさま否定したほどだ。
 大方美しい女だったから話に尾ひれがついただけだろうとさして気にも留めていなかった。
 まさかこんな形で納得することになるとは思ってもみなかったけれど……。
 
 ある時、陽春のもとに舞い込んでくる用心棒の仕事に同行していた香緋に城の官吏が目を留めた。
 彼女は年若いながらも父とともに立派に護衛の仕事を務めあげており、官吏が見た限りでは大層な腕前の持ち主だった。
 その時、とっさに彼の頭に浮かんだもの。
 それは、彼女に公主たち二人の相手をさせてはどうか、ということだった。
 芙蓉はしばらく前から公主二人につける剣術指南役を探していた。
 おとなしい姉はともかく、問題は妹の方だった。
 妹公主はもともと気が強く、学問の師に対する彼女のわがままっぷりにはみなが手を焼いていたのだ。
 玉蘭はいつも何かしら難癖をつけて教師を解雇に追いやってしまう。
 まず、芙蓉が「年が近ければ話もしやすいだろう」と考えてつけた年上のまだ若い教師のことを「姉気取りでいけ好かない」と評する。
 そして中年にさしかかった年頃の教師ならば「おせっかいおばさん」呼ばわりし、皺くちゃの老人や老婆が相手なら「講義の内容が現代的でない」などと文句をつける。
 これには母女王もほとほと困惑しているようだった。
 
 公主たちのいる宮殿まで出入りできるのは、基本的に女性に限られる。
 禁軍では女性武官というのはさして珍しくなかったが、相手をさせるのがあの玉蘭ということもあって、芙蓉は長いこと二の足を踏んでいたのだ。
 そこで件の官吏は「この少女ならば主君の期待に添えるかもしれない」と思ったのだった。
 
 官吏は迷った末、その話を主君に聞かせることにした。
 女王は高らかに笑い、身を乗り出して官吏の話に耳を傾けた。
『……ほほ、面白いのう。公主と――それも玉蘭と同じ年頃か』
 官吏の持ってきた話に芙蓉女王は興味を惹かれたようだった。
 とはいえ、その頃の玉蘭は前述したように問題児で有名だった。
 学問や書、楽、舞など、芙蓉は公主二人にあらゆる分野の教師をつけていたが、玉蘭の師はこぞってひと月で仕事をやめたいと言い出すのだ。
 わがままでおてんばで、どうしようもないくらいに勝ち気で高飛車。
 当時の玉蘭はまさしくそんな娘だった。
 しかし、結局芙蓉は件の娘を公主二人の剣術指南役として城に迎え入れた。
 秦香緋という少女に二人の教師役を任せることに決め、週に三度の登城を許したのである。
 とはいえ、あとで聞いたところによれば初日は悲惨なものだったという。
 なんでも、彩月が拝謁中の香緋に喧嘩をふっかけたというのだ。
 二人はそのまま一気に険悪なムードに陥り、彩月は挑発する、香緋はそれに食ってかかるでとにかく大変だったのだそうだ。
 なんとも信じがたい話ではあったが、官吏たちがみな口を揃えて言うからには事実らしい。
 後になってそれを聞いた玉蘭は、自分もその場に居合わせなかったことを心底後悔した。
 そして、「そんな香緋の姿をぜひとも見てみたかった」、と思った。
 
(そして、三月みつきくらい経ったところでようやく本音で会話ができるようになって……)
 
 香緋と知り合ったあの頃から、玉蘭は確かに変わっていった。
 香緋の諫言を受けて教師たちに対する姿勢も改めるようになったし、彼女が稽古に来てくれる日には朝からはりきって支度をした。
 剣に慣れてきた頃、香緋に誘われて馬にも乗るようになった。
 厩舎の敷地でごくわずかな間だけ乗馬する程度だったが、それはとても楽しくて新鮮な時間だった。
 宮殿に押し込められることによって抑圧されていた自由な精神が、少しずつ息を吹き返すのを感じた。
 香緋と過ごすそのひとときだけは、玉蘭もただの十六の少女として振る舞うことができたのだ。
 
 だが、あの日々はもう戻ってはこない。
 香緋はスフェーンの姫君だった。それも、国王の血を引く正統な世継ぎの王女だったのだ。
 皮肉な縁だと思った。
 ただの平民の少女だと思っていたのに、まさか彼女も五大国の王室に名を連ねるれっきとした王女だったなんて。
 今は香緋に代わって新しい剣術指南役が教師を務めてくれているけれど、正直全く馴染めずにいた。
 今の玉蘭は周囲に言われて渋々剣を取っているだけで、心の底から剣術を愉しんではいない。上達しようとも思えないし、このまま女王選抜試験に臨むだけの気力もとうに失せてしまっている。
 が、玉蘭はそうした後ろ向きな気持ちを胸の奥にしまい込んで琅玕公に笑いかけた。
「香緋は無事だったし、ちゃんと元気だったわ。立場は変わってしまったけど、それでももう二度と会えないわけじゃない。これからは『教師と弟子』じゃなくて、『二国の王女』として付き合っていけばいい。それだけのことよ」
「……玉蘭」
「わらわはなんとも思ってないわ。王女同士いつかまた会える日もあるでしょう。だから、これでいいのよ」
 そうきっぱりと言い切りながらも、玉蘭は今の己の境遇に腑に落ちないものを覚えてうつむいた。
 
 

 

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