第四章 すべての始まり

 
 
 夢の中で、バイオレッタは純白の花嫁衣装に身を包んでいた。
 光沢のある絹でできたドレスには随所に大粒のサファイアがあしらわれている。
 柳腰には幾重にも連なる白薔薇の造花が飾られ、頭頂部で結い上げた髪には上から白いレースのヴェールがかかっている。
 そして傍らには金の髪の青年の姿があった。
 白貂の毛皮アーミンを留めつけた純白のコート。背に流れる群青色のマントに、きらびやかな宝飾品の数々。
 整ったおもてには柔らかな慈愛が籠っている。
 聖典の太陽神を思わせる金髪と、天空を切り取ってそっくりそのまま閉じ込めたかのような蒼の瞳。
 穏やかで優しい物腰。
(ああ。この男性ひとは、わたくしの――)
 その続きを考える間もなく、バイオレッタは彼に手を引かれた。
「……ようやくこの日が来ましたね、アイリス」
 美貌の青年は、バイオレッタを見やって恥ずかしげに笑う。照れくさそうな、それでいてどこか満ち足りた表情で、彼はバイオレッタに笑いかける。
 バイオレッタは何のためらいもなく彼に寄り添った。
 白手袋に覆われた指先を、彼のそれと熱く絡ませ合い、そっと微笑み返す。
 やがて、荘厳な薔薇窓の前にたたずんだ司祭が言う。
「アイリス・フォン・バルシュミーデ。そなたはこの男、エヴラール・ルドヴィーク・フォン・スフェーンを生涯の伴侶とし、とこしえに愛することを誓うか」
「はい……」
 そう言って、バイオレッタは青年と向かい合った。
 青年の手によって透ける純白のヴェールを持ち上げられながら、バイオレッタは思う。
(……わたくしの皇妃としての生涯は、まさにこの日から始まったのだったわ)
 身をかがめた青年が、そっとバイオレッタのおとがいを持ち上げる。
 唇を重ねられた刹那、記憶の断片が次々に飛来する。
 薔薇園で初めて彼と出会った日のこと。
 木漏れ日の中で彼に膝枕をしてやった日のこと。
 そして、数えきれないほどたくさんのキスと交わり。
 愛を確かめ合う言葉、未来を誓い合う言葉。二人がともに見ていた「夢」……。
 そこでバイオレッタは気づいてしまった。
 そうだ。これは、バイオレッタの過去だ。
 創造神によって魂の奥深くに封じ込められた、前世の記憶だ。
 生前の記憶の蓋が無理やりこじ開けられ、奔流のようにとめどなく溢れ出る。
 その波濤はバイオレッタを音もなく呑み込んだ。
 差し向かいに立つ男の面差しを確かめて、バイオレッタ――否、アイリスは、深々とため息を漏らした。
(ああ、そうだわ……。すべての始まりはこの日……この華燭の典から始まった……。あなたとわたくしは夫婦となり、スフェーンの為政者としてかの国の頂点に立った。そして緩やかに始まった地族の侵攻、あなたの父帝の策謀……、スフェーンの落下……)
 気づけばバイオレッタはそのすみれ色の瞳から一筋の涙をこぼしていた。
(あの時、わたくしが勝手にあなたを裏切るような真似をしてしまったから。だからあなたはわたくしを許さないのね。だからこうして、わたくしを追ってきたのね。そうなのでしょう、クロード様? いいえ、エヴラール様――……)
 
 
 ――これは、大陸がまだ天と地に分かたれていた時代の話。
 天上の民は自分たちを「太陽神と天空神の末裔」と呼びならわし、地上の民はそれに反抗するように「大地母神の使徒」を名乗っていた。
 二つの異なる種族は拮抗し合い、反目し合いながらも、「互いの領土を踏み荒らさず、また関与もしない」という種族間の取り決めのもとに平穏な日々を送っていた。
 地上には広大な大地と緑、そして海が。
 そして天上には『スフェーン帝国』と呼ばれる天族たちの国が浮かんでいた。
 太陽神と天空神の加護をふんだんに受けたその地は、天空に散らばる七つの大陸――『七大陸しちたいりく』から成っていた。
 彼らは、地上の民たちがけして持たない独特の技術を有していた。
 飛行艇や飛行戦艦を造り、それを巧みに操る能力を備えていたのだ。
 住処としている場所を考えれば当然のことであるともいえたが、それは地上を根城とする者たちにはどうあっても手に入れられない脅威の技術だった。
 古から続く製造法を用い、彼らは次々と空を駆ける乗り物や戦艦を生み出す。合金や鋼といった金属を磨いて部品とし、それらを組み立てて一つの巨大な機体を構成する。
 こうした特殊な技術・製法といったものは地族の民がけして持ちえない最たるものだった。
 また、地族の国々は発展速度が遅いうえにそれぞれの国同士の結びつきもひどく弱い。
 それに比べれば、天族の住まう七大陸はまさしく「先進国」の名にふさわしい軍事力と文化とを兼ね備えた強国だった。
 しかも、その文化や技術といったものは地上のそれに比べれば遥かに進んでいるといえた。
 また、『七大陸』には生まれつき羽根を持つ有翼人の類や特殊な魔力を秘める一族なども存在しており、地上の民にとっては未知の世界――そして恐るべき場所とされていた。
 
 
 あるとき宰相は、時のスフェーン皇帝の即位にあたり、彼の夜伽の相手を務める花嫁を差し出すようにと長たちに命じた。
 それを受けた七人の部族長たちは自慢の娘を妃として皇帝に献上することとなった。
 彼女たちは『七皇妃しちこうひ』と呼ばれ、皇帝の花嫁としてひどくたっとばれた。
『七皇妃』たちの容姿は部族ごとの特徴を有してそれぞれ異なっており、御年二十二の皇帝の興味を引きつけておくにはじゅうぶんだった。
 珍しい容姿の娘ならば、彼の目を愉しませるという意味でもかなりの利用価値がある。いや、見た目の珍しさに惹かれたという理由だけで手を付けることもあるかもしれないのだ。
 何より彼女たちはまだ年若く才気と上昇志向に溢れていた。そのため、皇帝の子を宿す器としては申し分なかったのである。
 その中に、アイリス・フォン・バルシュミーデの姿があった。
 彼女は帝都カリナンの位置する中央大陸の部族・バルシュミーデ家の一人娘であり、天族の父と地族の母を持ついわゆる「半端者はんぱもの」だった。
 族長同士の思惑が絡んだ苛烈な寵愛争いに、アイリスもまた身を投じることとなったのである。
 
『七皇妃』などといえば聞こえはいいが、要は皇帝と長たちの繋がりをより深めるための貢物でしかない。
 運よく新皇帝の愛を勝ち取れれば正妃にのし上がれるものの、新皇帝は大の人間嫌いで有名だった。血なまぐさい噂話や悪評も多く、帝都カリナンに住まう女たちはみな新皇帝の即位を厭った。
 そんな中へ齢十六のアイリスは単身送り込まれることとなったのである。
 
 
 
 ……花々が咲き乱れる小ぢんまりとした庭園の中、アイリスは知り合ったばかりの友人リナリアとお茶を愉しんでいた。
 白亜のテーブルには薄荷水のグラスと目にも涼しい氷菓子ソルベを盛った器が置かれ、時折アイリスの侍女がお茶を継ぎ足してくれている。
 二人は冷たい氷菓子を口に運びながらおしゃべりをしていた。
「もう。アイリスってば、もっと自分を大切になさいよ。いくら半分しか天族の血を引いてないからって、あんたの父親とやらは横暴が過ぎるわ」
「仕方がないわよ。わたくしのお母様は地族の出ですもの、ここまで育てて頂いただけでもうじゅうぶん」
 アイリスは少しの諦めとともにそう口にし、切なさをごまかすために甘い薄荷水をごくごくと飲む。
 すると、真向かいに座るリナリアが薄い金の髪を揺らして猛然と言った。
「……でも、いくらなんでもひどいわ。あの残虐なエヴラール帝に嫁がせるなんて。冷酷な性格で有名だっていうじゃない」
「噂の真相はわからないけれど、心を尽くしてお仕えするわ。お父様のご命令ですもの」
「あんたってば本当にお人好しね。いつかそれで身を滅ぼさないといいけど」
 リナリアの言葉に、アイリスはただただ苦笑する。
 この世界に「与える者」と「与えられる者」がいるとするなら、自分は間違いなく前者だろう。
 ついそう思ってしまったのだ。
 お人好しでいつもどこか抜けていて、いつの間にか誰かに何かを奪われてしまっていても全く気づけない。それがアイリスだ。
 アイリスは、これまで誰かに何かを与えられることなどなかった。いつも与える側だったし、許す側だった。
 それでもひねくれずに人にきちんと愛情や温かさを与えられる娘に育ったのはいいことなのかもしれない。
 天族出身の父親もなんだかんだ嫌がらずに面倒を見てくれるし、「半端者」でありながら差別されたこともない。それを思えば、自分は恵まれていると言えるのだろう。
「カリナンには慣れた?」
「ええ。ここはとっても綺麗なところね」
「あんたがこの都に来てくれてよかったわ。まさかバルシュミーデ家のお嬢様とここまで仲良くなれるなんて思ってもみなかったけどね」
 
 父によってスフェーンの帝都カリナンに呼び出されてから数か月が経過していた。
 それまで地族の都に母とともに住んでいたアイリスは、まずその幻想的な光景に息をのんだ。
 
 親子を乗せた飛行艇が雲間を抜けて上空へと上昇していったとき、いきなりそれは姿を現した。
 ……七つの大陸が、ぽっかりと宙に浮かんでいる。
 アイリスはその神々しい眺めにしばし見とれた。
 天空の神々によって浮遊の力を与えられた大陸だとは聞いていたが、まさか本当の話だったとは。
 空の合間を飛翔しているのはそれまで見たこともないような不思議な生き物たちだった。雲海の狭間を鯨に似た生き物が泳ぐように飛び交い、蒼天では純白の一角獣がいななきとともに跳躍する。
 ここはまさしく天の国なのだ。
 神々に近しい者たちだけが集う、幻の理想郷シャングリ=ラなのだ――。
 飛行艇が七つの大陸にゆっくりと近づいてゆくに従って、アイリスの瞳はようやくその全貌を捉えることができた。
 天空の中央に浮かぶひときわ広大な大陸を取り囲むようにして、他の六つの小大陸が並んでいる。
 父は無表情に「あの中央の大陸にあるのがスフェーンの帝都カリナンだ」とだけ言った。
 ようやく父親に話しかけてもらえたのが嬉しくて、飛行艇の窓から大陸を指さし、アイリスは身を乗り出して興奮気味に訊ねた。
『お父様! あ、あれは一体どうしたらあんな風になるのでしょうか? 何か特別な魔術でもかけられているのですか?』
 だが、父親は母娘に冷淡だった。
 自分がこしらえた子供だというのに、アイリスにはほとんど見向きもしない。
 それはカリナンに建てられた彼の邸宅に案内されてからも同じで、アイリスも母もあまり丁寧とは呼べない待遇を受けて困惑していた。
 
 やがて、カリナンでの暮らしにようやく慣れ始めた頃、アイリスは父の部屋に呼び出された。
 何の用事だろう。やっと親子らしい会話ができるのだろうか。
 もしかすると普段はしないような話もしてくれるかもしれない……。
 そう思って胸をときめかせていると、彼は事もなげに言った。
『……アイリス。お前には皇帝陛下の妃になってもらう』
『は……』
『聞こえなかったのか。お前には皇室に嫁いでもらう。次期皇帝、エヴラール・ルドヴィーク・フォン・スフェーン殿下のお相手を務める七皇妃として』
(え――?)
 ……皇室に、嫁ぐ? 新皇帝の妃として?
 狼狽しつつも、アイリスはなんとか唇を開く。
『で、ですが、先代皇帝のゴーチェ様はまだお元気だそうではありませんか。一体どうして――』
『それは私たちが知らずともよいことだ。皇室の事情に口を挟むな』
 アイリスはあまりのことに唇を引き結んだ。
 わざわざ地上の都から娘を引き取ろうというのだから、何かしらの理由があるのだろうと踏んではいた。
 だが、まさか次期皇帝の妃にするつもりだったなんて。
『わ、わたくしでなければいけないのですか?』
『……生憎、わがバルシュミーデ家の娘はお前一人だ。そしてわが一族の威信のためにも妃は出さねばならぬ。いかな半端者であろうとも、皇帝の花嫁となれるのなら私とて本望だ』
 その言葉に、ああ、とアイリスは密かに落胆した。
 大事な娘の将来など、この男は本気で心配していないのだ。
 この壮年の男にとって大事なのは、いかに皇室と繋がりが保てるか。そしてどうすれば自分や一族が安泰に過ごせるかということだけだ。
 だからこそこんな身売りのような真似をさせられるのだろう。
 しかし、部族が困るというのであれば捨て置けない。
 自分が後宮に入りさえすれば万事丸く収まるのだ。
(……それなら)
 アイリスはそこでそっと頭を垂れる。
『お父様。そのお話、謹んでお受けします』
 本当は嫌だった。
 しかし、そうするよりほかなかった。
 顔を上げたアイリスに、父は満足げな笑みを刻んだ。
 そして「期待しているぞ」とだけ告げて部屋を出ていった。
 
 
 アイリスは、自分の運命を大きく変えることになったそのやり取りを反芻しつつ、浮かない表情で氷菓子を噛みしめる。
 もうしばらくしたらようやく馴染んできたこの邸を離れて後宮入りすることが決まっている。
 これはもはや決定事項であり、いくらもがいても足掻いても絶対に取り消すことのできないものだ。そして父との大事な約束ごとでもある。
 まさかこうも易々と運命の奔流に呑み込まれるとは思いもよらず、アイリスはやんわりと首を振ってその不安から逃れた。
「……ねえ、リナリア。この間言ってくれたことは本心? 後悔しない? だって、後宮で寝泊まりすることになるからほとんど家には帰れないし、場合によっては命を絶つことだって……」
 リナリアはそこで傍らの椅子に乗せていたものを掲げた。剣だ。
「あら、あたしがあんたに嘘をついたことがあった? あたしの気持ちはこの前あんたに話したとおりよ。あたしはあんたについていくってもう決めたの」
 リナリアは凛としたおもてに笑みを浮かべる。
 しかし、アイリスは顔をうつむけた。
「でも、もしも何かあったら……。それにもし皇妃が……わたくしが事故で死ぬようなことがあれば、リナリアは殉死させられるって……」
「はいはい、またあんたの悪い癖が出た。あんただけは絶対に死なせないわ。あたしが騎士団長になったからには命がけでもあんたを守るから」
 その言葉に、じわりと胸が熱くなる。
 次の瞬間、アイリスは思わず身を乗り出してリナリアの柔らかな頬を撫でていた。
 吸い寄せられるように近づいてきた唇が、かすかな音を立ててアイリスのそれをついばむ。
 これが彼女なりの「忠誠の証」だとよく理解しているアイリスは、お互いの額と額を軽くぶつけ合って朗らかに微笑んだ。
「……ありがとう。大好きよ、リナリア」
「あたしもあんたを愛してるわ。あんたのことは何があっても絶対に守ってみせる」
 
 
 それから数週間後、アイリスの後宮入りはつつがなく行われた。
 アイリスが入ることになったのは『薔薇後宮』と呼ばれる巨大な宮殿だった。
 七皇妃たちの居住棟と称して七つの宮殿が建てられており、放射状に伸びた渡り廊下で中央の建物と繋がっている。
 アイリスが住むことになったのはその中の一つ、青金ラズライト棟と呼ばれる居住棟だった。
 瑠璃色に塗られた小さな建物で、アイリスの青紫色の髪に合わせて用意された場所らしい。
 ほかにも七皇妃の容姿や名前に合わせた金殿玉楼きんでんぎょくろうの数々が並んでいた。
 皇帝に指名された七皇妃はここから彼のねやへ赴いて夜伽をすることになっている。
 ……しかし。
(夜伽なんかしたくない……)
 アイリスは折につけそう思っていた。
 何せ恋もまだ経験していない乙女にいきなり成人男性の相手をしろというのは無理がある。
 そうした行いをする前にせめてもう少し段階を踏みたいというのがアイリスの考えだった。
 女官長たちは何かにつけて夜伽の技巧を仕込みたがるが、アイリスはそのたびに赤面してしまう。
 男性を誘惑する方法に、閨での正しい受け答え。皇帝を悦ばせるための秘技の数々……。
 芳紀十六歳のうら若き少女が身につけるには、それはあまりにも生々しいものだった。
 そのため彼女はもっともらしい理由をつけて閨房術の授業を抜け出すことにしていた。
「……だけど、このままここにいたらいつか皇帝陛下に純潔を捧げる羽目になってしまうのよね」
 例によって例のごとく薔薇後宮の東棟を抜け出しながら、アイリスはため息をついた。
 いつもと同じように閨事の授業をサボタージュしてきたばかりだった。
 あんなところにいたら耳が爛れてしまう。備える必要のない赤裸々な知識ばかりがどんどん蓄積されてしまうし、何よりそんなものを身につけてしまったら純粋に恋を愉しめなくなってしまうような気がして嫌だった。
(“恋”……。わたくしにはきっと縁のない代物でしょうけれど……)
 アイリスだって、できることなら甘い想いに身を焦がしてみたかった。
 世継ぎをもうけるためだけに義務的に愛し合うのは嫌だった。
 自らの思惑のためだけに相手を愛するのは違うとさえ思っているし、許されるなら純粋に誰かを愛してみたい。
 だが、こうして後宮入りしてしまった以上、それは二度と叶わぬ夢となってしまった。
 皇妃とは皇帝の子を宿すための存在だ。それ以上でもそれ以下でもない。
 となれば、このまま諦めて皇帝のものになるしかないのだ。
 外廷の庭園に忍び込んだアイリスは、木陰に腰を下ろした。
「でも、それ以前にお呼びがかからないかもしれないわね。何せわたくしは半端者……天族にも地族にもなれない中途半端な存在だもの」
「半端者」とはすなわち天族と地族の間に生まれたハーフのことだ。
 天空神の力と大地母神の力を半々に受け継いでいるとされ、生まれつき魔力が強い人間が多いことで有名だった。
 むろんアイリスも例外ではない。
 アイリスにはもともと強大な魔術の才があり、それは時折彼女自身でさえ持て余してしまうほどのものだった。
 退屈しのぎにと、アイリスは心話しんわで小鳥に呼び掛けてみた。
『……いらっしゃい』
 梢に止まった青い鳥と、一瞬だけ視線がかち合う。
 鳥はすぐさまアイリスのもとへやってきた。
『ふふ、わたくしと遊んでくれる?』
 アイリスはドレスの隠しからパン屑を取り出して小鳥に与えた。前の日の晩にリナリアが用意しておいてくれたものだ。乾かしたパンを小さくなるまでナイフで刻んだもので、指でつまむとすぐにほろほろとほどけてしまう。
 小鳥はアイリスの手から嬉しそうにパン屑をついばんだ。
『……わたくし、皇帝陛下のお相手をしなくちゃならないんですって。あなただったらどう思う?』
 しかし、小鳥はきょろきょろと首を傾げながらパン屑をつつくのみ。
 アイリスはふっと苦笑し、「そうよね、なるようにしかならないわよね」とつぶやいて小鳥の頭を撫でてやった。
 
 

 

 
 
アイリスには「虹彩」という意味もあるそうで、バイオレッタとアイリスの瞳の色が同じという設定はここからきています。
あとは自分が香料マニアなため、二人の因果関係は「すみれ(バイオレット)と匂い菖蒲(アイリス)の香調がよく似ている」というところから考えました。
鉱物・香料・ドレスのオタクです。
 
 
 
 

 

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