「えへへ……、カードゲームって面白いのですねえ!」
プリュンヌが笑って賽を振る。勢いあまってテーブルを転げ落ちたそれを、クララが拾い上げた。
「プリュンヌ様も意外とお強いようですわね」
「うう、でも、アスターお兄様には勝てません~」
……その日、尖塔の談話室に集まった五人は、思い思いにくつろいでゲームに興じていた。サイコロとカードを使って行うものだ。
アスターは黙々と高得点を出し、クララが何とか彼に追いつき、プリュンヌは初心者ながらも必死でルールを覚えようとする。
バイオレッタとピヴォワンヌは、自分たちもカードを出しながら彼らの様子を眺めた。
「まさかアスターとプリュンヌがこうして一緒に遊ぶ仲になるなんてねー」
「そうね。でも、結果としてよかったのではないかしら。お二人は境遇がとても似ているし、そういう意味では支え合える部分もあると思うの」
アスターとプリュンヌは、クララという架け橋を得て再会していた。
人工池のほとりで顔を合わせた二人は、成長した互いの姿に驚きながらも、温かく抱きしめあった。軟禁状態にあった二人は、およそ七年ぶりに対面したのだった。
……軟禁が決定した当時、アスターは十五歳、プリュンヌは六歳。
同じ薔薇後宮の敷地で暮らしながらも、二人はろくに話をする機会もないまま七年間も疎遠になっていたのである。
『お兄様……、お兄様なのですかっ?』
『……僕を覚えているのか?』
アスターはかがみこみ、涙ぐむプリュンヌの顔を覗き込んだ。
『覚えてます……! プリュンヌはそこまで子供じゃありません……! 背はあの頃より高くなっていますけど、確かにお兄様です……! 金の髪も、緑色の瞳も……、昔お話したアスターお兄様のままです……!』
ぺたぺたとアスターの頬に触れ、プリュンヌは瞳を潤ませていた。
『こうなる前、貴女とはろくに話をしたことがなかっただろう? 僕は少しだけそれを後悔していたんだ。軟禁されていたとはいえ、僕は弱い立場にあった貴女を全く顧みなかった。どうか許してほしい』
……そう。数多いる王子王女の中でただ一人宮廷に招かれることのなかった姫。それがプリュンヌだった。
単に不義の姫というだけではなく、彼女は髪も瞳も鮮烈な紅色をした忌み子だ。王妃シュザンヌは、そんな彼女が宮廷に出てくるのを好まなかったのだろう。
姦通の証で、しかも邪神を連想させる不吉な容姿を持った姫。そんなプリュンヌを宮廷に出してしまったら、シュザンヌはますます侮辱されてしまう。
悪魔の子を産み落とした王妃と貶められ、宮廷で幅を利かせることができなくなってしまうのだ。
アスターはそんな不遇な立場に置かれたプリュンヌにこれまで何もしてやれなかったことを謝罪した。
十三の少女が古びた尖塔に押し込められ、人や世間と隔絶されて育てられている。これは再会する二人を見守るバイオレッタたちにとっても痛ましい事実だった。
本来であれば王女として幸福を謳歌し、娘らしい甘やかな調度品とドレスに囲まれて生きていたはずが、プリュンヌにそんな奇跡は起こらない。ただ髪と瞳が紅いというだけで――珍しい容姿をしているというだけで、宮廷の大多数の人間に疎まれる。
アスターの悔恨ももっともだった。自身も忌み子であるとはいえ、彼は末姫に対して何も力になってやることができなかったのだ。
軟禁を取りやめさせることもできなければ、宮廷人たちの誹謗中傷から彼女をかばってやることもできなかった。
彼はそんな自分の無力を申し訳なく思っているのだろうと思われた。血の繋がりは半分しかないものの、プリュンヌだって王室女性として遇されている身。れっきとした彼の妹なのだから。
……しかし、プリュンヌはアスターを責めなかった。それどころか、彼の首に両手を回してしっかりと抱きついた。
『何を言うのですか……! プリュンヌたちは確かに忌み子です。大陸では嫌われる子供です。だけど……、アスターお兄様は何も悪くありません! それに、またこうしてお会いできました。それだけでプリュンヌは……嬉しいです』
『プリュンヌ……。貴女は……』
アスターはもはや言葉もないようだった。プリュンヌは、アスターが自分に手を差し伸べてくれなかったことを恨んでいない。それどころか、何も悪くない、再会できてよかったと彼を受け入れたのだ。
『お兄様。今度こそ、プリュンヌのお友達になってくれますか?』
身を放して面映ゆそうに言うプリュンヌに、アスターは宝物でも扱うように優しく彼女を抱き寄せた。
『……ああ。約束しよう。今度こそ、僕は貴女を守る。大切にする』
(あの時はわたくしまでもらい泣きしてしまって困ったわよね。だけど、よかったわ……)
クララがふるまってくれたケーキを切り崩し、バイオレッタはぱくりと食べた。
しっかりした作りのテーブルは広く、五人で顔を突き合わせても窮屈さは感じない。人数分のケーキと紅茶を並べてもまだ余裕があるくらいだった。
この談話室自体、聖堂のようでどこか落ち着く場所だ。ひんやりした空気も心地いい。
「それにしても……。貴女は随分と小柄だな、プリュンヌ。食事はちゃんと摂っているのか?」
「う? はい。多分お兄様とそこまで食べ物は変わらないと思いますが……、ご飯はきちんと食べていますよ!」
「だが、成長期でそれとは……。いや、十三ならまだ伸びるか……?」
アスターの一言に、プリュンヌは首を傾げる。
「お兄様、プリュンヌを心配してくれるのですか?」
「それは……心配に決まっているだろう。貴女はあまりにも細いからな。僕としてはなんだかひやひやするんだ。体つきも気になる年頃かもしれないが、出されたものはきちんと食べた方がいい。そのままではもっと痩せてしまうぞ」
プリュンヌはそこでころころと笑う。
「ふふ……、お兄様は優しいのですね! プリュンヌ、お兄様にそんなことを言ってもらえると、なんだか飛び上がりたくなってしまいます!」
そう言って、彼女はテーブルの下で両脚をばたつかせたが、すぐにクララに小声でたしなめられてしまった。
そこでピヴォワンヌがバイオレッタの肘を小突く。
「……何かしら、この感じ」
「ええ……、貴女の言いたいことはなんとなくわかるような気がするわ」
二人は顔を見合わせる。
アスターとクララ、そしてプリュンヌの三人は、こうして集まって会話をするだけで、ある特別な間柄に見えてしまう。
容姿はまるで違う三人なのに、どうしてもそのイメージが頭から離れない。
バイオレッタはカードの影からピヴォワンヌにささやいた。
「……『まるで親子みたい』、でしょう?」
ピヴォワンヌはそこで、ぴしりと人差し指を立てた。
「それよ。なんだろ……、新婚夫婦とその子供? いや、プリュンヌはこれでも十三歳だし、どう考えても無理があるんだけどね……」
「年の割にお小さいからかもしれないわね。アスターお兄様も背が高くてたくましい方だし、クララはクララで落ち着きがあるし……。この三人が話していると、確かにそういう印象よね」
アスターはなんだかんだで面倒見がいいらしく、プリュンヌと再会した日にはその暮らしぶりや最近の趣味、何か困ったことがないかというようなことまで訊ねていた。実の父親こそ違うものの、兄としてはやはり心配しているらしい。
アスターは一見すると朴訥だが、これでなかなか責任感の強い王子なのだった。
「三人並んでこうも親子っぽいと、逆にこっちが恥ずかしくなってくるわよね……」
「でも、これでいいのかも。この三人が仲良くなかったら、それはそれで変な感じだと思うし……」
「あたしはちょっとだけ居心地悪いかも……、お邪魔虫みたいで」
そこでいきなり、プリュンヌががばりと両手を上げる。
「……わあっ、勝ちました~!」
「なっ……!?」
アスターが身を乗り出してプリュンヌの手元を見る。テーブルの上に散ったサイコロは見事な高得点を叩き出していた。
「嘘だろう……、初めてでこれか?」
「ア、アスター様。こればかりは運もありますから……」
クララが擁護したが、アスターは驚愕の表情でプリュンヌを見ている。
「……それはそうだが……。意外と強いんだな、プリュンヌは……。まさか一回目の勝負で負けるとは思っていなかったぞ」
ピヴォワンヌはバイオレッタの方をちらりと見てにやりとした。
「案外プリュンヌは賭け事とか向いてるかもね。将来、一流ギャンブラーって言われたりして」
「ふふ、それはそれでかっこいいわね。どんな淑女に成長されるか楽しみだわ」
その時、厨房に行っていた従者二人がトレーを携えて戻ってきた。
アベルがひょいとテーブルを覗き込む。
「お茶のお代わり持ってきましたよー、そろそろ休憩しません? って、うわ、随分楽しそうな遊びしてますねぇ。僕もやりたいなぁ」
「駄目だ」
やけにきっぱりと拒絶するアスターに、姫たちは不思議そうな顔になった。
従者だからこうした遊戯には参加させたくないということだろうかと、バイオレッタは首をひねった。
が……。
「お前はすぐイカサマをするからな。あくどい手で僕らを出し抜いて一人勝ちしようとするから、僕はお前だけは絶対仲間に加えたくない」
アスターはいかにも嫌そうにアベルを見る。どうやら過去にそうやって不正を働かれた経験があるようだ。
アベルは「ちぇっ」と唇を尖らせた。
「正攻法よりズルした方がお得な場合だってあるのにな~」
バイオレッタは苦笑しつつも納得した。なるほど、イカサマを使うのか……。
「……アベル、それくらいにしないか」
同僚をたしなめると、ユーグはてきぱきと紅茶を注いでまわる。彼は空になったケーキ皿をさりげなく回収していった。
「あ……、お菓子、おいしかったわ。ありがとう、クララ」
「いえ……、厨房の女料理人に頼んで焼いてもらったのですが、お口に合ったようで何よりですわ」
「お姉様。プリュンヌ、またこうしてみんなで遊びたいです。だめですか?」
プリュンヌがおずおずと問いかける。
クララはそこで珍しくにっこりと笑った。
「いいえ、駄目ではありませんわ。わたくしたちは、本当はもっともっと理解し合えるはず。こうした時間を、これからも大事にしていきましょう」
アスターが感じ入ったように彼女を見つめる。その瞳はどこか眩しそうで、まるで自分だけの女神を崇拝しているかのようだ。
「……よかったわね、バイオレッタ」
「ええ」
バイオレッタも傍らのピヴォワンヌと視線を合わせ、小さな笑みをこぼした。