黒髪の少女は宿屋のホールから一歩外へ出て伸びをした。
「うーん。王都はさすがに小綺麗ねー!」
……船旅を終え、港からスフェーンに入り、宿を取って数日。
宗教騎士であるスピネルとラズワルドの二人は、教皇ベンジャミンの言いつけ通り、王都アガスターシェの視察に赴こうとしていた。
道中魔物やならず者に煩わされたが、無事目的地にたどり着けて何よりだ。
久々の船旅でだいぶ疲弊してしまったものの、二人は宿で食事を摂るとすぐさま町に繰り出した。
「うわぁ、随分華やかな街ねー。エピドートがただの田舎に思えるわ」
少女――スピネルがきょろきょろしていると、背後から相棒であるラズワルドが出てきて彼女にすっぽりとフードをかぶせた。
「スピネル。フードがずれていたよ。耳がばれたら困るんだろう?」
「ありがと、ラズ。あーあ。この耳、色々と不便だわ。好みのお洋服は耳に合わないから全然着られないし、見た人間はみーんな腰を抜かすしぃ……」
スピネルはそう言ってフードを手で引っ張ってみせた。
スピネルは騎士だが、フリルとレースのたくさんあしらわれた洋服が大好きだ。さすがにドレスを着るような贅沢はできないが、洋装店の新作を着るだけでもじゅうぶん幸せになれる。
尖った耳を隠すためのフードが少々不格好ではあるが、彼女は今日もお気に入りの衣装で隙なくドレスアップをしていた。
……スピネルの衣服はサバトに集う魔女たちのようにどこまでも黒い。
それは単に質素倹約を旨とする宗教騎士だからというだけではなく、彼女自身に強いこだわりがあるからだ。
バンパイアであるスピネルには独特の趣味嗜好があり、黒ずくめでふりふりで、おまけに個性的なデザインの洋服しか着たがらないのである。
「見て、ラズ。これはこの前クラッセルの専門店からお取り寄せした新作なんだけど、最っ高に耽美でしょ!?」
そう言って、彼女はその場でくるりと回ってみせる。
ラズワルドは返答に詰まって「えっ」とか「ああ……」とか適当な相槌を打ったが、それでもスピネルは情熱のままにしゃべり続けた。
「この漆黒のコルセットドレスに薔薇の模様がちりばめられたスカート。アクセサリーは王冠と薔薇をかたどったハードなデザイン。そして仕上げにフリルとレースたっぷりの日傘! ふふ……、これよ、これ! まさにバンパイアのあたしにふさわしいお洋服だわっ!!」
スピネルは勢いよくそうまくしたてると、さらりと黒髪をかきあげた。
……小さな頭部に巻き付けた、フリルたっぷりのヘッドドレス。
細い腰に締める、凝ったデザインのコルセット。
その下に広がったスカートは、ところどころに薔薇の模様が浮かび上がっている洒落たデザインのもの。
すんなりと伸びた両脚は踵の高い黒革のブーツでくるみ、手には繊細なフリルとレースをあしらった日傘を携えている。
左頬にはバンパイアの目印である『薔薇の刻印』が浮かび上がり、悪魔的な魅力を持つ彼女をより妖艶な存在に見せていた。
スピネルは芝居がかったしぐさで両手を広げた。
「そう……、あたしはただの宗教騎士じゃない。悠久の時を生きる大妖バンパイアよ。人間(ヒト)の生き血を啜り、この世の悪徳のすべてを愛し、闇夜に生きる永遠の咎人……!」
いつの間にかわらわらと寄ってきていた見物人めがけて、彼女は勢いよく言い放った。
「――さあ! このあたしに血を捧げたいのは誰かしら……!?」
と、そこでラズワルドがぐいと彼女の腕を引く。
「はいはい。悦に入ってないで、そろそろ行くよ。城下町を見てまわらないと」
「もーう!! せっかく決まってたのに水差さないでよラズっ!!」
「宿屋に戻ったらいくらでもしていいから」
「人の大勢いるところでやらなきゃ意味ないのに~~!!」
ラズワルドは冷や汗をかきつつも、なんとかスピネルを引っ張っていく。
「何を言ってるんだい。君がバンパイアだと知られたら大変だろう」
「だってだって、ずっと船室に缶詰めだったんだもん……、ちょっとくらい目立ってスカッとしたいわ」
ラズワルドは「君って意外と怖いもの知らずだよね」と苦笑する。
「僕にはできそうにないな。目立つのって勇気がいるだろう」
「あたしは逆! 目立つのはむしろ快感なの!」
スピネルは黒髪をかきやり、紅い瞳を蠱惑的に細めてここぞとばかりにとびきりの微笑を浮かべた。
「この美貌を見てごらんなさいよ。スフェーンの男どもだってきっと骨抜きになるに決まってるわ。そう……、美しさに国境はないのよ! 真に美しいものには跪きたくなるし、崇めたくもなる。それが人間の男のサガってものだわ」
熱っぽく語るスピネルを、ラズワルドはおろおろと見つめた。
「……ごめん、ええと……、どこから突っ込んでいいのかわからない……」
ぼそっと謝罪するラズワルドの背を、スピネルはばしんと勢いよく叩く。
「もうっ!! ラズのわからずや!!」
ラズワルドは「いてて……」と言いながら背をさする。
スピネルは「このフード、全っ然おしゃれじゃなくて嫌いなのよね」などとぶつくさ言いながら、ラズワルドを置いて通りをすたすたと歩きだした。
貴族の嫡男であるラズワルドには、こうした奔放な女性というのはよく理解できないものだった。
彼女と出会うまで、ラズワルドは『女性はみな清楚で淑やかで非力なものだ』と思い込んでいた。自分たち男が手を差し伸べて守ってやらねばならないか弱い存在なのだと。
そんな認識を見事打ち破ってくれたのがこのスピネルである。
彼女はこれまでラズワルドが接してきたどの女性とも違っていた。
まず、ラズワルドが手を貸さなくとも大抵のことは一人でこなしてしまう。教皇ベンジャミンとも臆さず会話をするし、配下の騎士をまとめるのもとても上手だ。
そして何より豪胆だ。気に入らなければ男性相手でも啖呵を切る。自分がからかいたいと思ったらすぐさまそうする。教皇相手にも変に物おじせず、まるで昔からの顔見知りのように明るく話しかける。
バンパイアというものはみなこうなのだろうか。ラズワルドにはわからない。
だが、気づけば彼はスピネルに興味を引かれていた。
ラズワルドには長らく腹を割って話せる友人というのがいなかった。
教皇ベンジャミンや配下の騎士たちはみなよくしてくれる。
だが、それはあくまでサフィール隊の隊長としてだ。ラズワルド自身を好いているかどうか甚だ怪しく、もしかすると陰口の一つも叩かれているかもしれないと思っていた。
実際、もともと冗談やユーモアを解さない性分であるということも手伝って、彼は教会本部では少しばかり浮いていた。
柔軟な対応は苦手だし、部下の軽口に付き合うだけの度量もない。
そんな中で、スピネルの奔放さは眩しかった。
彼女は自分にはないものを持っている。自分の知らない自由な世界を知っている。
……彼の中でスピネルが「気になる存在」になるまで、そう時間はかからなかった。
『君ともっと仲良くなりたいんだけど』
ついそう口走ったラズワルドに、スピネルは紅い瞳をぱちぱちさせた。
『それって、どういう意味? ヴァーテル教会の幹部同士仲良くしましょうってこと?』
『あっ、いや……』
二人はそれぞれ、ルヴィ隊とサフィール隊をまとめる筆頭騎士。言うなれば宗教騎士団の中のトップだ。
おまけにコランダム隊と呼ばれる特別編制部隊でも一緒になることがあるから、顔を合わせる機会はじゅうぶん多い。
彼女が不審に思うのも無理はない。「これ以上どうなりたいっていうの?」と暗に訊かれているようで、ラズワルドは紅くなった。
『あの……、変な意味じゃないんだ。ただ、君は僕と比べるとすごく……自由に見えて。人の顔色なんてうかがわなくても、君はなんでもてきぱきこなしてしまうだろう? それがなんだかとても羨ましいんだ。僕とは正反対な気がして……』
『ふーん。よくわかんないけど、あたしに興味があるの?』
こっくりとうなずいたラズワルドに、スピネルはぷっと噴き出した。
そして身体を折り曲げて高らかな笑い声を上げたのだった。
『あはははは……! あー、人間の坊やって面白いわぁ。あたしの年齢知ったらあなたは絶対驚くんだろうにね』
彼女はそのまま楽しげに笑い転げる。
ラズワルドはぎょっとして問うた。
『えっ……!? そ、そんなに年なのかい!?』
『あら、レディに年を訊くものじゃないわよ』
そう言うスピネルはもう少女のような顔つきなどしておらず、どこか悪戯っぽい大人の女性の色を湛えていた。
そこでラズワルドはふと、「魔物の女性というのは皆こういうものなのだろうか」と思案した。
外見は自分とそう変わらなくとも、彼女の中身はきっととても成熟したものなのだろう。それこそラズワルドなどとは比べ物にならないほど長く生きているに違いない。
だが、ラズワルドは前言撤回するつもりは毛頭なかった。彼女ともっと近しくなりたいのは事実なのだから。
そんなことを考えつつ、まじまじとスピネルを見る。冷たくあしらわれるのを覚悟した上で、それでもラズワルドは一縷の期待を込めて彼女を見つめ続けた。
すると、視線に気づいた彼女はふっと笑った。
『……面白い子ね、あなた。いいわよ、少しくらい仲良くしてあげても。その代わり、あたしの言うことはなんでも聞くこと。口答えをしないこと。あたしが呼んだらいつでもそばに来て、勝手にいなくなったりしないこと。……いいわね?』
そう言ったスピネルの顔にはどこか悲哀の色が滲んでいた。
その理由に気づいたのはずっと後……彼女とさらに親しくなってからだ。
自分はこれまで何度も大切な存在と死に別れてきたのだと彼女は言い、バンパイアなんて何もいいことがないとつぶやいて力なく笑ったのだった。
「……待ってよ、スピネル!」
「ラズ遅ーい! ちゃかちゃか歩きなさいよ、もうっ」
そう言いながらもスピネルは楽しげだ。きょろきょろと町を眺めまわし、宝飾品やドレスメーカーの看板を見つけてははしゃいだ声を上げている。
船旅の途中、彼女は何度もそういった店を見て回りたいとラズワルドに話していたのだ。
「うーん。このお店は本格的すぎてちょっと違うわねえ。っていうか、お値段高すぎぃ」
一軒の店の前でスピネルが立ち止まったので、ラズワルドもつられて歩みを止める。
ショーウィンドウにはシックなキャメル色のドレスが展示されていた。
それは肌の露出が極端に少ないもので、トルソーの大部分が生地に覆われている。胸に留められた赤薔薇のコサージュや、ドレスと揃いのキャメルの帽子、傍らに添えられた粋なパラソルなど、いかにも淑女のためにデザインされた洋服といった体だ。
しかしながら、スピネルはあまりこうした上品なドレスの類は着たがらない。
どちらかといえば真っ黒で丈の短いものが好きらしく、おまけにこれでもかというほどフリルやレースがあしらわれたものを着たがる。
前に新興国の宮廷を訪問した時は冷や汗が出た。国王と王妃がその奇抜さに腰を抜かしたからだ。
貴婦人たちは足を露出するのは「恥ずべきこと」として好まないのだが、スピネルは太ももも膝もすっきりと出し、黒い膝上丈の長靴下で包んでいる。その前代未聞のコーディネートに、国王夫妻はすっかり困り果ててしまったのだった。
「この国でもこの前みたいなことにならないといいけど……」
「えっ、なあにぃ?」
スピネルの問いに、ラズワルドはぶんぶん首を横に振った。
「な、なんでもないよ! 君の気に入るようないいお店が見つかるといいね」
「すっごく期待してるのよねぇ、実は。だって、スフェーン大国は西のクラッセル公国と並んでおしゃれの最先端を行く国だもの!」
百五十歳という年齢の割に少女めいた発言をするのが可愛くて、ラズワルドの頬が緩む。
「なるほど。そういうところは女の子なんだね、君も」
「失礼ね。こんなに美人なあたしのどこを見て男だと思うわけ?」
唇を尖らせたスピネルに、ラズワルドはさらりと言ってのけた。
「君が可愛らしいという意味だよ。男に見えるなんて一言も言ってない」
「なら許す! ……なーんてねっ。うふふ!」
たちまち上機嫌になったスピネルに、ラズワルドもつられて笑ってしまう。
そこでラズワルドは漆黒のフリルのついた日傘を開き、彼女に持たせてやった。
彼女は「ありがと」と言ってそれを受け取ると、持ち手の部分を勢いよくくるくると回した。
「あーあ、バンパイアって不便よね。基本的に深夜しか活動できないんだもん」
スピネルが日中活動できるのは、必要以上に日光に当たらないよう加減しているからだ。
日傘を差し、陽光避けのフードをすっぽりとかぶり、ことごとく陽に当たらないように気を付けているからである。
「でも、耳や刻印がばれたら大変だろう? 魔物を怖がる人間の方が多いんだ、余計な恐怖を与えなくたっていいと思うよ」
「けど、この格好ってどこをどう見てもお洒落じゃないわよ。こんなフードの上から日傘なんて、ぜーんぜん可愛くないっ。夜が待ち遠しいわぁ」
「君は夜でも日傘を差してしまう子だけどね……」
「何言ってんの、ラズ! あれは日傘じゃないのよ、月傘よ!」
どうにも理解できず、ラズワルドははは……と笑った。
そうしてアガスターシェの町を見てまわっていた二人は、中央区に差し掛かったところで歩みを止めた。
……そこは倒壊した建造物や焼けた民家の残骸が連なる地域だった。
大きく崩れた建物は無残に焼け焦げ、もはや原型を微塵も留めていなかった。
一体どうしたらこうも大規模な火災が起こるのだろうかと不思議に思ってしまうほど、王都アガスターシェはことごとく焼けてしまっている。
かろうじて難を逃れたらしい専門店やギルドもあるにはあるが、やはり以前のような商いはしていないようだ。経営を縮小している店や大々的に看板を掲げていない店も目立つ。
「ねえラズ。ベンジャミンの情報通り、この国では今何かが起こっているようね」
こそこそと耳打ちし、スピネルは焼け跡を見つめる。
何せ中央区のほとんどの地域が燃えてしまっているのだ。
これはすでにジンが力を振るったあとかもしれないと、二人は顔を見合わせた。
「すごい焼け方をしてる。……見て、ラズ。この痕跡」
スピネルはつぶやき、足元の燃え滓を手で浚った。
「この様子じゃ、随分勢いよく燃えたんでしょうね。どこが火元かはわからないけど、中央区の大部分がこんな状態になってるってことは、相当酷い火事だったはず。なるほど……だから“アガスターシェの大火”なのね」
「物騒な名称がつけられたものだ。だが、このありさまでは納得するしかないね」
王都の中でも唯一無事なのは中央区の噴水広場くらいのものだった。
ヴァーテル女神の噴水が置かれている場所で、その周辺だけは不思議なくらい被害が軽度だった。
……これも水の女神の加護だろうか。
ラズワルドは思わず女神像に向けて祈りの文言を唱えた。
……その時、小さな黒い影が人波を縫うようにして飛行してきた。
『ふわぁ~。偵察疲れたぁ~。猫使いの荒い女だなぁ、もう』
ふよふよと宙を漂ってきたのは、夢魔猫のキースだ。ラズワルドの飼い猫で、現在ヴァーテル教会本部で保護している魔物である。
夢魔猫とは、人間に悪夢を見せ、その夢を食べることで生き永らえる「夢魔」の一種だ。
名称通り猫の姿をしていて、最初は無害な野良猫を装って人間に近づくことが多い。
キースは雄猫だがどういうわけかラズワルドに懐いており、同種であるはずのスピネルにはいい顔をしない。ラズワルドの方が優しくて好きなのだと、何かにつけて主張したがるのだ。
被毛は艶やかな漆黒で、毛足は長毛種のそれのようにふっさりと長い。
被毛で膨らんだ胸にはルビーのような紅い魔石が輝いている。尻尾にも同様の魔石の輪がしゃらしゃらと音を立ててぶら下がっていた。
「お疲れ様、キース」
『うわぁーん。ラズ、この町嫌な空気が充満してて、ボク気分が悪くなりそうだよぉ~。ねぎらって~』
「よしよし」
ラズワルドが頭を撫でてやると、キースは彼の肩にちょこんと止まった。ふさふさの尻尾を揺らして喉を鳴らす。
「もー、ラズ! 同性だからってキースに甘すぎ。こいつもこいつよ、すぐラズにすりすりして……! もう、いやんなっちゃう」
『みゃああ!! 駄目、首根っこ掴むの駄目ッ!! 猫の扱いは優しくって教わらなかったのぉ!?』
ぺいっとキースを引っぺがし、スピネルは憤然と腕を組む。
「……ふん!」
「ご、ごめんよ、キース。それで、偵察の結果、どうだった?」
『……ふみゃあ~。最初の予想通り、禍々しい気で満ちてるよ~。王城の内部から、とっても強い火の妖気を感じる……』
スピネルはそこで細い眉をはねあげた。
「火の妖気が……王城に? じゃあ、ベンジャミンの情報はどれも正確だったってことね」
「そのようだね。しかし、本当にこれを使わなくちゃいけなくなるなんてね」
ラズワルドはそう言って、懐から薄い金属製のプレートを取り出した。表面には小粒のサファイアが埋め込まれている。
……これは教会付属の騎士団である「グロッシュラー宗教騎士団」の一員であるという証だ。
スピネルもまた同じプレートを取り出して掲げる。彼女のプレートには深紅のルビーが輝いていた。
「はあ……、やっぱり教皇の勘って鋭いのね。結局ベンジャミンの予想、当たっちゃった……」
下された命令を遂行するには、一度王城に潜入する必要がある。教会からの使者という名目で城に入り込み、内側から依代クロードに接触しなければならない。
「けど……どうしたものかしら。ベンジャミンは取り締まりは穏便に進めたいっていうけど、こうも大胆に悪さをしているようじゃ……」
「そうだね……、まさか王都が焼かれているなんて思いもしなかったよ」
「とりあえず、準備を整えたらお城に入ってみましょうか。城内部の状態を見てみないことには何も確かめられないわ」
その言葉に、ラズワルドはしっかりとうなずいた。
「……リシャール城、か」
ラズワルドは遠方の丘陵地帯にそびえる王城に目をやった。
かつての名君リシャールの名を引き継いでいるというその城は、焼けただれた王都の様相に比べればどこか張りぼてのようにも見える。
あの中には、この町とは大きく乖離した非現実の世界が広がっている。
王室の人間たちと宮廷人、そして宮廷魔導士たちが織り成す「非現実」が。
「少しだけ、恐ろしくなってくる。火の邪神ジンと相まみえて、果たして僕らは無事で帰れるんだろうか」
珍しくそんな弱音を吐くラズワルドを、スピネルが励ます。
「……何言ってんのよ。あなたのことはあたしがちゃんと守るわ。そのためにコランダム隊の筆頭騎士は二人いるのよ、忘れたの?」
魔物と人間が手と手を取り合って戦えるよう、さらに言うなら不利な状況に陥った際に互いに助け合えるよう、精鋭コランダム隊の統率者は二人と決まっている。
ルヴィ隊とサフィール隊から筆頭騎士を一人ずつ選出し、それぞれの種族をまとめるリーダーとして扱うのだ。
スピネルとラズワルドはその筆頭騎士に当たる存在だった。
教会に使役される魔物だけで編成されたルヴィ隊、そして純粋な人間のみで編成されたサフィール隊。これらから実力者を選り抜いて編成したのがコランダム隊だ。
ルヴィ隊の魔物たちは強大な魔力を持ち、人間とは比較できないほどの体力をも兼ね備えている。
サフィール隊の人間たちは彼らに比べれば非力だが、頭脳と戦略においては魔物よりも優れており、敵地で斥候をさせるのにも向いている。
魔物と人間は能力こそ異なるが、協力し合った時には多大なる戦力を発揮する。
よって、教皇からは窮地に陥った際には互いを頼るようにと言いつけられていた。
「大丈夫よ、ラズ。そのために配下の騎士をぞろぞろ連れてきたんじゃない」
スピネルはそう言ってラズワルドの肩を叩いた。
二人は今部下たちを城下に潜伏させており、不審な動きがないかどうかの確認をさせているところだった。
ルヴィ隊の魔物たちにも国境付近や城の周辺の様子を探らせているから、偵察はすぐに済みそうだ。
ただの騎士であればそんなことをすれば咎められてもおかしくないだろうが、宗教騎士ならば微塵も疑われずに済む。
教皇ベンジャミンの命を受けて来たと言い、手持ちのプレートを見せて身分を明かせばいいのだから。
二人は城を見つめてごくりと喉を鳴らした。
スピネルが好戦的につぶやく。
「さて……どうやら行ってみるしかなさそうね」
「ああ……」
宗教騎士たちは意を決したように顔を見合わせた。